研究課題/領域番号 |
18K10852
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
北 一郎 首都大学東京, 人間健康科学研究科, 教授 (10186223)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 運動 / 行動神経科学 / 脳機能 / 免疫組織化学 / グラフ理論 / 神経活動 / ネットワーク / 精神機能 |
研究実績の概要 |
運動が脳機能に及ぼす恩恵効果の神経メカニズムに関しては、神経生理学、細胞生物学、分子生物学などの観点から貴重な知見が得られているが、その大部分は個々の脳機能の中核となる特定の脳部位(局所部位)をターゲットとしているにすぎない。それらの脳領域の働きは他の脳領域間との協調作用によって支えられていることから、運動による脳機能への恩恵効果は脳全体の統合作用として理解されるべきである。つまり、運動は複数の脳部位を賦活化し、それぞれの脳領域間のクロストークを促進する運動特異的な機能的脳ネットワークを形成しているはずである。本研究は、動物実験により運動時の機能的脳ネットワークの可視化と精神機能の同時解析から、脳機能を高める最適な運動条件を見つけ出すことを目的としている。本年度は、免疫組織化学法による脳機能マッピング法をベースとして可視化された運動時の機能的脳ネットワークの妥当性と運動条件依存性について解明することを目指した。その方略として、神経活動依存性遺伝子の発現から運動時に賦活する脳神経活動の空間特性を明らかにし、相関分析を用い神経活動の領域間共変動の定量化を試みた。その結果をもとに機能的脳ネットワークを可視化し、グラフ理論を適用しその特徴を抽出した。対象とした脳領域は、運動と情動に関連する28領域とした。運動として、異なる運動強度および時間での急性トレッドミル走を用いた。結果として、運動による精神機能への効果は運動強度と運動時間の交互作用によって決定されることが示唆された。また、運動は広範な脳領域の神経活動に影響を与え、運動時に形成される機能的脳ネットワークのハブ領域およびクラスター構造は、少なくとも運動強度により異なることが示された。これらの結果は、運動がもたらす脳機能向上効果の神経メカニズムの解明と至適運動条件の探索に新たな洞察を提供するものと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では、動物実験により運動時の機能的脳ネットワークの可視化および精神機能を反映する行動の同時解析から、運動条件の違いによる脳機能への影響の全体像を明らかにすることを目的としている。本年度、解析対象とした脳領域は、運動と情動に関わる主要な脳領域(28領域)のみにとどまっており、妥当な機能的脳ネットワークの同定のための領域数が若干不足している。これは、脳サンプルの神経活動を可視化する画像取込装置(顕微鏡を含む)の老朽化・低機能によることが大きく、その結果、画像取込・解析に予想を上回る時間を要しているためである。さらに、動物の精神機能を反映する行動実験において一部妥当なデータが得られなかったため再実験・再解析を行う必要があり、それに伴い、計算論で求められた機能的脳ネットワークの生理学的妥当性の検討が進められていない。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の結果から、運動時に賦活化する機能的脳ネットワークには運動強度依存性が存在する可能性が示唆された。しかし、現段階で実験手技・方法にいくつかの問題点がみられ、これらについて実験操作の見直し、実験試薬の変更、結果の再検証などを通して改善していかなければならない。その上で、運動により賦活化する機能的脳ネットワークの探索について継続して検証し再現性のあるデータを収集するとともに、より精度の高い方法論の確立を目指す。さらに、脳機能に有益な効果をもたらす至適運動条件の確立に向けて本手法の応用可能性を高めるために、各種運動条件(強度、時間、期間、様式)を設定し、運動により賦活化する機能的脳ネットワークについて、以下の点から研究を推進する。1)対象とする脳領域を再考し適切な部位および数を選択し、運動時の脳機能マップを作成する、2)機能的脳ネットワークの中核となる主要神経核(ハブ)とその脳領域間の解剖学的結合について明らかにし、機能と構造の相互作用について解明する、3)運動による行動変容(精神機能)を捉え、機能的脳ネットワークとの関連を明らかにし、その生理学的妥当性について検討する。 これらの行動神経科学的および脳機能解剖学的データをもとに、運動の恩恵効果発現に有効な機能的脳ネットワーク(神経活動の空間パターン)を効率よく誘発する至適運動条件の抽出を試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由 本研究では、動物実験を用いて運動時に賦活化する機能的脳ネットワークの同定を試みたが(方法論の確立)、運動による行動変化および神経活動の反応に、一部、予想を上回る個体差がみられ、実験操作の見直し、実験試薬の変更、結果の再解析に再検討の必要が生じたため、それらを改善するための試行錯誤や実験方法の再確認に時間を要した。そのため、実験内容および結果が、若干、予備的段階にとどまり、予算についても一部は次年度に繰り越すことになった。 使用計画 現時点での実験手技・方法の問題点に関して、実験操作の見直し、実験試薬の変更、結果の再検証などを通して問題点を改善するために使用する。その上で、運動により賦活化する機能的脳ネットワークの探索について継続して検証を行い、再現性のあるデータを収集するとともに、より精度の高い方法論を確立するために使用する。また、同様の解析を、各種運動条件に適用し、運動条件依存的な機能的脳ネットワークの同定および可塑性について検討するために使用する。さらに、機能的脳ネットワークと解剖学的神経回路および運動による行動変容の関係について明らかにする実験(免疫組織化学実験、トレーシング法、行動神経科学実験)を遂行するために使用する。
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