研究課題/領域番号 |
18K11015
|
研究機関 | 群馬大学 |
研究代表者 |
輿石 一郎 群馬大学, 大学院保健学研究科, 教授 (20170235)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 活性硫黄分子種 / 活性酸素種 / 活性窒素種 / 抗酸化機構 / 酸化ストレス |
研究実績の概要 |
哺乳動物の細胞内では、糖や脂肪から電子が取り出され、電子伝達系を解して適切な場で処理をされている。このような生理的な反応に伴い活性酸素種、活性窒素種が産生される。これらの活性種は酸化ストレスを誘導すると考えられ、これに対する抑制系として様々な細胞内抗酸化機構が提唱されてきたが、近年、その主要機構としての硫化水素を中心とする活性硫黄分子種の役割がクローズアップされている。これまで、硫化水素の生成系は、メチオニン、システインおよびシスチンを基質とする酵素反応と考えられてきた。しかし、哺乳動物組織に多量に存在する活性硫黄分子種の量から、これら含硫アミノ酸からの経路のみでは説明することは難しい。そこで、我々は、生体内で最も硫化水素の産生が盛んな消化管、特に腸での硫化水素の活性硫黄分子種への変換機構および吸収機構、さらには、肝臓による末梢組織への送達機構について検討を試みた。 食品中に含まれる活性硫黄分子種の原料としては、海藻、魚介類、肉類に含まれる硫酸化多糖、およびニンニクやキャベツ、ブロッコリー等に含まれるトリスルフィド化合物が考えられる。前者は、大腸での腸内細菌により硫化水素に変換される。後者は、小腸における消化を受け硫化水素を産生すると考えられる。本研究は、これら、消化管内で産生される硫化水素が、どのような機構により末梢組織にまで送達されるのかを明らかにする。これにより、生体内での酸化ストレスの異常昂進による恒常性破綻を食を介して予防するためのエビデンスを示すことが可能となる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
消化管、特に腸管内での活性イオウ分子種産生の経路としては、(1)硫酸を基質として硫酸還元菌による硫化水素の発生系、および、(2)食物由来活性イオウ分子種の取り込みの2経路が考えられる。(1)の経路は、主に大腸で起こるのに対し、(2)の経路は小腸における消化の過程で遊離すると考えられる。平成30年度は、(2)の経路について検討を行った。植物性の食品は、植物の硫黄同化によりダイナミックに硫化水素が産生されている。硫化水素は、システイン産生に利用され、その後、ジメチルトリスルフィドやジアリルトリスルフィド等の活性イオウ分子種に変換される。これらは、消化管内での消化過程により、硫化水素を産生し得る。そこで、アルカリ条件下還元剤処理による硫化水素の産生評価法(SAOB法)を植物性食品である野菜に適用したところ、ニンニク、キャベツ、ブロッコリー、ネギには、低分子画分(MWCO,10kDa)に数mM相当の活性イオウ分子種が存在することが明らかとなった。興味深いことに、大豆およびトマトには、高分子画分に数mM相当の活性イオウ分子種が存在することが明らかとなった。この結果は、タンパク質中ポリスルフィドの存在を示唆するものである。その生成機構として、硫化水素が生理的な酸化ストレス下で求核反応性に富む多硫化水素に変換され、これがタンパク質中ジスルフィド結合に対して開裂付加する可能性を明らかにした。また、これらのタンパク質中ポリスルフィドは、プロテアーゼ消化により分解することを明らかにしており、その最終産物について検討を行っている。以上の結果は、植物中で生成される活性イオウ分子種が、植物性食品として少なからず、消費者により摂取されている可能性を示唆するものである。
|
今後の研究の推進方策 |
活性硫黄分子種は細胞内に取り込まれた後、細胞内においてダイナミックなレドックスサイクル反応により、形態を変えており、ある瞬間での定量解析は困難である。これに対し、高分子タンパク質に取り込まれた活性硫黄分子種は比較的安定型として存在することが予備実験により明らかとなっている。令和元年は、細胞レベルおよび組織レベルでのタンパク質に局在する活性硫黄分子種の測定法を確立する。具体的には、還元型のシステインポリスルフィド残基および参加型のトリスルフィド結合の測定法を確立する。これらの測定法を用い、平成30年度に明らかとした、食品成分としての活性硫黄分子種を培養細胞ならびに実験動物に添加・摂取させ、活性硫黄分子種の細胞内への取り込み、およびその後の動態について検討する。 活性硫黄分子種の生理機能として抗酸化作用を考えている。先行研究により、Type4グルタチオンパーオキシダーゼ(GPx4)阻害によるフェロトーシス誘導細胞を多硫化水素により処理することで、細胞死が抑制されることを明らかにしている。そこで、フェロトーシス細胞死への活性硫黄分子種による細胞死抑制作用、ならびに抑制機構の解明を行う。フェロトーシス細胞死は、虚血再還流障害時の細胞死の機構である可能性が示唆されている。生体内では、虚血再還流によると思われる組織障害が日常的に多発しており、その予防は健康寿命とも密接に関連している。この成果は、食を介した健康維持の観点から着目すべきエビデンスを示し得る。
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成30年度は、これまでその重要性が見過ごされてきた「生体内への活性硫黄分子種の取り込み経路としての植物性食品(野菜類)の重要性」を見出し、化学的分析に焦点を絞ってきた。その結果、当初予定していた、細胞培養実験、動物実験を次年度に繰り越すこととなった。令和元年度は、平成30年度の成果に基づき、細胞培養ならびに実権動物を用いた応用研究を実施する。
|