平成30年度はHDACのインスリン分泌に対する影響を明らかにした。グルコースに対するインスリン分泌反応は、高用量HDAC阻害剤のクラスの区別なく、インスリン基礎分泌量は増加させるが、グルコース応答性インスリン分泌は抑制することが示された。これらのことからHDAC阻害剤は単に細胞傷害性に働くのではなく、インスリン分泌制御に関与することが示唆された。 令和元年度は作用発現機序を明らかにする目的で、HDAC阻害剤処理と未処理の間で遺伝子発現の網羅的検討を行った。MIN6細胞のHDAC阻害剤Trichostatin A(TSA)処理群と未処理群で遺伝子発現を網羅的に検索した。得られた遺伝子がどのような機能を有しているかを検討する目的で、Metascapeが配信しているweb上の検索エンジン(http://metascape.org)を用いてGOを基準としてエンリッチメント解析を行った。その結果、TSAが発現を誘導する遺伝子として神経系の遺伝子群が検出された。一方、TSAにより発現を抑制する遺伝子として、”cell cycle”、”insulin secretion”などに分類される遺伝子群が検出された。 令和2年度はさらに幹細胞分化にもTSAが用いられることに着目して、ES細胞を用いてTSAで誘導される遺伝子群、抑制される遺伝子群を膵ベータ細胞株との比較を行った。その結果、ES細胞において、TSAが発現を誘導する遺伝子は”synapse organization”などの神経関連遺伝子のみならず、ES細胞の初期分化で認められる神経系、心筋系の遺伝子群が認められた。一方で、ES細胞の未分化能維持に重要な遺伝子発現の抑制が認められた。 近年HDAC阻害剤の抗悪性腫瘍剤として臨床応用もされているが、HDAC阻害剤の増殖抑制効果が作用機序の一つである可能性も示された。
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