研究課題/領域番号 |
18K11188
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
久保川 達也 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 教授 (20195499)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 縮小推定 / 線形混合モデル / 小地域推定 / 高次元解析 / ミニマックス性 / スタイン問題 |
研究実績の概要 |
本研究課題では,統計的推測において直面している諸問題に対して,数理統計の立場から縮小推定による新たな解決策を検討し,有効性・最適性などの理論的な性質を調べ,応用的側面からの有用性を示すことを目的とした。具体的には,(A)混合効果モデルを利用した小地域推定理論の新展開,(B)多次元母数の同時推定に関するスタイン問題の新たな展開,(C)高次元多変量モデルにおける縮小推定法の有効性・有用性,の3つの問題を扱った。具体的には,以下の通りである。 (A)については,従来の一変量のモデルを多変量Fay-Herriotモデルへ拡張することを考えた。この場合,分散成分は共分散行列になり非負定値で一致性をもつ推定量を構成し経験最良線形不偏予測量の平均2乗誤差行列の2次近似と2次漸近不偏推定量の導出を行った。また分布に正規性を仮定しない場合についても,上述の結果が成り立つ,いわゆる頑健性についても研究成果を得た。その他,変量効果モデルと小地域推定に関するサーベイ論文を執筆した。 (B)については,多変量歪み正規分布の位置母数の同時推定を考え,ミニマックスな縮小推定量の導出を行い,その数値的な挙動を調べ,経験ベイズ推定量との比較を行った。また多変量の歪み正規分布の共分散行列の推定問題を考察し,ミニマックス性などの性質を示した。標本数が異なる多標本のポアソン分布モデルを考え,平均の同時推定に関して正則な事前分布を用いたベイズ推定量でミニマックス性をもつものを導出した。さらに,ポアソン分布の平均が制約されているときにベイズ予測分布が制約無しのものを改良することを示した。 (C)については,高次元の平均ベクトルの標本平均を,2つの空間の方向へ縮小する,いわゆる2重線形縮小推定量を考え,重み係数の最適解とその推定量の一致性を高次元において証明し,数値実験を行い金融データへの適用を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(A)混合効果モデルを利用した小地域推定理論の新展開については,多変量Fay-Herriotモデルへ拡張を行うことができ,経験最良線形不偏予測量の平均2乗誤差行列の2次近似と2次漸近不偏推定量の導出を行うとともに,分布の正規性を仮定しない場合へ拡張して,いわゆる頑健性についても研究成果を得ることができたことは,当初の目標の一つを達成したことになる。また昨年度には,変量効果の分布に歪みを組み込んだ歪度正規分布を想定したときの小地域推定理論の展開と実データへの適用を行っており,順調に研究が進んでいる状況である。 (B)多次元母数の同時推定に関するスタイン問題の新たな展開については,多変量歪み正規分布の位置母数の同時推定においていくつかの縮小推定量のミニマックス性を証明するとともに数値的な挙動に基づいて良さを検証した。また多変量の歪み正規分布の共分散行列の推定問題においても通常の推定量を改善する縮小推定量の導出を行っており,研究計画が順調に進んでいる状況である。 さらに,多標本のポアソン分布モデルや多次元の負の2項分布における母数の同時推定について,通常の推定量を改良する推定量のクラスの導出やベイズ推定量のミニマックス性の証明など,離散分布におけるスタイン問題に関する研究の新展開を示すことができており,研究の更なる伸展がなされている。 (C)高次元多変量モデルにおける縮小推定法の有効性・有用性については,高次元多変量正規分布の平均行列の推定問題について,リッジ型の縮小行列関数に基づいた推定手法がミニマックス性を有することを証明するとともにランダム行列理論を用いて最適値に収束することを示しており,研究課題の目標の一つを果たすことができている。
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今後の研究の推進方策 |
混合効果モデルを利用した小地域推定については,まず,多変量のFay-Herriotモデルにおいて小地域平均の信頼領域の構成を行う。小地域からとられる標本のサイズが小さいため,通常の信頼領域の幅(面積)は大きくなってしまう。これに対して,経験最良線形予測量(EBLUP)に基づいたベイズ的な信頼領域を考えると,信頼領域の幅が小さくなるものの被覆確率が名目的な信頼係数より小さくなってしまう。そこで,ベイズ的信頼領域の幅を調整する関数を導入し,漸近2次の意味で被覆確率が名目的な信頼係数に一致するように調整する方法を考案する。この際に問題になるのが変量効果の共分散行列の推定である。通常の不偏推定量は負の値をとってしまうので,正定値になるように調整する方法を考案する必要がある。さらにそのような推定量の一致性と2次損失の漸近近似を与えることによって,多変量Fay-Herrotモデルでの問題解決を図る。 小地域推定に関するもう一つの課題は,地域効果を表す変量効果として,特異な共分散行列をもつ分布に拡張することである。例えば,隣接な地域間には1,隣接しないときには0の重みを与えるような場合,共分散行列は正則行列にはならないため,従来の推測手法を利用することができない。このように特異な共分散構造をもつようなFay-Herriotモデルにおいて,EBLUPの推定誤差の評価と漸近2次不偏推定量の導出を行う。 これに関連して,多次元母数に特異な共分散行列をもつ事前分布を想定し,得られる経験ベイズ推定量や階層ベイズ推定量のミニマックス性を議論し,スタイン問題の新たな展開を図る。また分散のスタイン問題について正規性を仮定しない設定への拡張を議論する。高次元多変量モデルにおける縮小推定法の有効性・有用性についても引き続き研究を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初,研究打ち合わせのための海外出張(シンガポール・国立シンガポール大学確率統計学科Sanjay Chaudhuri准教授, フロリダ大学統計学科Malay Ghosh教授,ラトガース大学統計学科William Strawderman教授)を予定していたが,新型コロナウィルス感染拡大のためキャンセルすることになり,その結果,次年度使用額が生ずることになってしまった。 次年度については,キャンセルした海外出張を行う予定で,シンガポール・国立シンガポール大学確率統計学科Sanjay Chaudhuri准教授, フロリダ大学統計学科Malay Ghosh教授,ラトガース大学統計学科William Strawderman教授との研究打ち合わせを行うことになる。
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