研究課題/領域番号 |
18K11344
|
研究機関 | 崇城大学 |
研究代表者 |
齋藤 暁 崇城大学, 情報学部, 准教授 (70513068)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 行列積状態 / 多倍長精度計算 / 量子回路 / 古典シミュレーション / 密度行列繰込群 / 素因数分解 |
研究実績の概要 |
研究実施計画に沿って、多倍長精度で時間依存密度行列繰込群を用いる量子回路シミュレータZKCM_QCの改良を進めた。この計算手法で計算コストを決定づける特異値分解の内部ルーチンにGPGPUを用いると高速になるが一方で計算精度が落ちる。落ちた計算精度をCPU計算でRayleigh商反復により回復させることで多倍長精度を維持するのだが、安定性向上のため繊細な技術的な改良を行った。この精度回復の詳細について、学会発表2件で述べた。 また、ZKCM_QCを用いて主要な量子アルゴリズムのシミュレーションを行ってきており、2018年度前半の時点では、Deutsch-Jozsaアルゴリズムについてはある程度構造のあるオラクルの場合、回路幅218量子ビットの回路をPCワークステーションで浮動小数点精度256ビットでおおよそ27分でシミュレートできている。また、Shorのアルゴリズムについては、回路幅60量子ビット、回路深さおおよそ70万の回路を14.5時間~17時間でシミュレートできている。 Shorのアルゴリズムのシミュレーションでは私はまだ所用時間が合成数のビット長に対して指数的に増大するデータを見つけていないが、競合する研究グループであるメルボルン大学のWangらの結果には所用時間が急激に増大していると思われるデータ点がある。同様の手法を使っていてかなり異なる結果になっている理由としては、(1)私は多倍長精度で計算しており計算中ゼロ特異値と微小特異値を混同することはほぼないが、Wangらは仮数部53ビット精度での計算のため混同している可能性があること、(2)私はQFTベースの算術回路を使っているのに対してWangらは巾乗剰余を通常の算術回路ベースでデータに作用させており、回路構成が異なること、が考えられる。 以上の結果についても同じ学会発表で述べた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
まず、計算ライブラリの開発状況については、計画からやや遅れている。GPGPU対応については、計画通り、特異値分解に用いるルーチンの一部にGPGPUをユーザにとって簡単に使用できるようにした。それによる計算精度低下の回復については、研究実績の概要に書いたとおり対応している。一方でMPI対応については、並列化を固定精度で行う計画であったが、開発が進んでいない。 次に、実験環境の整備については、計画からやや進んでいる。科研費でPC7台を部品として購入し、大学内の競争的資金で購入した他の部品と組み合わせ、種々の設定をしてクラスタマシンを構築した。これは全体として42CPUコア(84スレッド)を持っており、これまでより大きな回路幅の量子回路のシミュレーションが行える。また、計画では2年目からの予定であったスーパーコンピュータの利用について、大学内の競争的資金を使って九州大学のスーパーコンピュータ"ITO"でライブラリの動作テストができた。ソースコードの手直しなく動作したが、GPGPUを用いた場合の速度が想定外に遅いため、現在コードの見直しをしている。 最後に理論研究については、巾乗剰余の回路中で計算コストが増大している点をシミュレーションデータから見つけてその部分の回路構造を重点的に解析することにしていたが、これまでのシミュレーション結果では明瞭なものが見つかっていないため解析ができていない。 以上から、やや研究の進捗は遅いものの、計画の変更は不要と考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
まず、開発している計算ライブラリ自体について、2013年にフルペーパーを執筆して以来論文にはしてこなかったため、ここ数年の開発状況をまとめて、科学計算ソフトウェア分野もしくは計算物理分野の雑誌に投稿したい。 本研究の主題であるShorの素因数分解量子アルゴリズムのシミュレーションについては、計算ライブラリの改良を進めつつより大規模なシミュレーションを行う。1年目に製作したクラスタマシンを使って並列化の効果が出るように試行錯誤しつつMPIを用いた固定精度での並列化を組み入れる。固定精度といっても回路規模に応じて必要な精度は確保できるように、少なくともコンパイル時に精度選択できるようにしたい。また、九州大学のスーパーコンピュータ"ITO"を用いたときに妥当な速度が出るようにライブラリを改良しつつ、やはり大規模なシミュレーションを行う予定である。現状、シミュレーションを実行する計算機の構成によってGPGPU利用部分の所用時間にばらつきが生じている。2年目のできるだけ早期にこの問題を解消したい。 理論解析については、現在までの進捗状況で述べたように、巾乗剰余回路中のどの部分がシミュレーションコストを支配しているか、未だ見当がついていない。まず明瞭なシミュレーションデータが得られるように大規模なシミュレーションを行い、その結果から解析すべき回路構造を特定したい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
支出については当初の計画通り、1年目はクラスタマシン構築のための部品購入が主要な支出であった。科研費だけでは全ての部品を買い揃えるには足りず、大学内の競争的資金の一部を無停電電源装置等の購入に充てた。結果的に、部品購入の端数分が残った。また、学会発表のための旅費を学内の研究費と依頼元からのサポートで賄ったため、その分の額が残った。次年度に繰り越した分は、その年度のスーパーコンピュータの使用料に充当する他、学会発表のための旅費、クラスタマシンの保守部品(予備のHDD等)の購入費に充てる。なお、現在までの進捗状況で述べたように1年目のスーパーコンピュータ使用料は学内の競争的資金を使用したが、2年目からは科研費を使用する。
|
備考 |
開発中のソースコードは、ライブラリのウェブサイトからリンクしているGitレポジトリに置いている。
|