研究課題/領域番号 |
18K11465
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
藤崎 礼志 金沢大学, 電子情報通信学系, 准教授 (80304757)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 超離散力学系 / マルコフ連鎖 |
研究実績の概要 |
Dudaにより,非対称数系(Asymmetric Numeral Systems (ANS))データ圧縮アルゴリズムが提案され,ANSはエントロピー符号化であることが示された[arXiv:0902.0271v5 [cs.IT]].ANSの状態は非負整数であり,整数の符号化・暗号化だけでなく,整数に基づく擬似乱数の生成という観点からも興味深いアルゴリズムである.Dudaのストリーム型符号化が妥当である場合,整数区間を状態集合とする既約マルコフ連鎖が得られる.横尾はそのときANSは既約であると呼んだ.しかしながら,Dudaは,ANSが既約となるような確率p(0<p<1)と初期値整数aの与え方を原理的に指定しておらず,ANSが最も簡単な非対称2進数系(Asymmetric Binary Systems(ABS))の場合に,アルゴリズムが正常に機能しないようなpとaが存在すること,特にp=1/2の近傍では,ストリーム型符号化が妥当とならないことが,横尾により指摘されている[ISIT 2016]. 本研究課題の超離散力学系という立場から,DudaのABSを考察し,次の結果を得た.まず,DudaのABSは無理数回転と呼ばれる力学系の超離散化であることを明らかにした.無理数回転は極小力学系であり,混合的であるが,エントロピー零でカオス的でない.そのため,Dudaは情報源のランダムネスを利用することによって,ランダム力学系を構成し,データ圧縮アルゴリズムを実現していることを明らかにした.ABSの場合,2つの超離散化無理数回転を用意する.2値情報源のランダムな入力に基づいて,0または1に対応する,いずれか一方の超離散化無理数回転を選ぶことにより,既約なマルコフ連鎖を構成していることがわかった.得られた連鎖は,記号力学系の立場では,ソフィックシフトである(ISITA2018,SITA2018).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者は,これまで,2進変換の超離散化であるde Bruijn系列や,マルコフβ変換を超離散化することにより得られる最大周期列を研究課題の対象としてきた.2進変換やマルコフβ変換から得られる実数値解軌道はカオス的であり,これらを超離散化することによって得られる最大周期列は擬似乱数として優れた性能を有する.一方,無理数回転から得られる記号力学系はスツルム列として知られる.スツルム列は最小の複雑度を有する非周期列として特徴付けられる,エントロピー零の2値系列である.無理数回転から得られる擬似乱数は,均等分布性には優れているものの,ランダムではない.本研究課題の超離散力学系という立場から,現在までに得られた結果:DudaのABSは無理数回転の超離散化であること,情報源のランダムネスを利用してランダム力学系を構成していることを明らかにしたことは,研究課題の対象を広げたのと同時に,研究課題のさらなる発展の発想を得た.2進変換やマルコフβ変換は[0,1)区間の変換であり,それらの超離散化は[0,1)区間のマルコフ分割を状態とすることにより実現される.一方,DudaのABSの状態は非負整数である.DudaのABSを整数に基づく擬似乱数の生成と見ることによって,ABSの符号化関数はサブスティテューションから生ずるサブシフトのファクターを決定することを明らかにした.さらに,確率pが黄金平均の逆数の場合,ABSの状態の確率の様な表式を得た(ISITA2018).本研究課題の応用分野の一つに移動体通信がある.第5世代移動体通信(5G)に用いられる分極(Polar)符号の多段分極に基づく多元分極符号を,環上の加群への作用と見ることによって,研究代表者が通信システムのビット誤り生起確率を解析するために開発した確率解析の手法を用いて,多元分極符号の極限分布を与えた(IEEE ISIT 2018).
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の要素研究:良好な自己相関特性を有するde Bruijn 系列の効率的生成方法の確立と,de Bruijn 系列に対する上記要素研究の超離散化マルコフβ変換に基づく最大周期列への拡張に関して,次の結果を得た.これまで多くの研究者により,任意のnに対して計算量O(n)で,長さ2^nの,単一のde Bruijn系列を生成するアルゴリズムは数多く報告されてきた.最近,Sawadaらは,任意のnに対して,償却(ならし)計算量O(1)で,長さ2^nの,単一のde Bruijn系列を生成するという驚く程高効率アルゴリズムを発見した[Discrete Math, 2016].本研究では,Sawadaらのアルゴリズムによって得られるde Bruijn 系列が,自己相関特性に関して優れた特性を有することを実験的に示した.さらに,Sawadaらのアルゴリズムを,超離散化マルコフβ変換に基づく最大周期列の効率的生成への拡張に成功した.同時に,得られた超離散化マルコフβ変換に基づく最大周期列が自己相関特性に関して優れた特性を有することも実験的に示した.現在,任意のnに対して,ならし計算量O(1)で,nに関して系列長が指数関数的に増大する,超離散化マルコフβ変換に基づく最大周期列を単一生成できることを理論的に明らかにしようとしている.今後,Sawadaらのアルゴリズムによって得られるde Bruijn 系列およびそれを拡張したアルゴリズムによって得られた超離散化マルコフβ変換に基づく最大周期列が,なぜ自己相関特性に関して優れた特性を有するのかを明らかにしたい.現在,「研究実績の概要」で述べた今年度の研究結果を査読付き英文論文誌(IEICE Trans. on Fundamentals)に投稿中であり,本研究課題の成果として掲載されるように努力する.
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次年度使用額が生じた理由 |
研究経費を有効に使用するのはもちろんのこと,研究遂行の支障にならない程度にできるだけ節約することに努めなければなりません.旅程の工夫による旅費の節約,割引率の高い消耗品の購入等により,44,235円の残額が発生しました.物品(消耗品)の購入となりますが,喫緊に必要な物品が思い当たらなかったため,次年度に使用するのが適切であると判断いたしました. 物品(消耗品)費として有効に利用させていただきます.
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