我々の生活環境には様々な素材(金属、木材、布など)によって作られた物体が存在する。この研究では素材が知覚される神経メカニズムを明らかにすることを目的としている。これまでに素材知覚には後部下側頭葉が関与していることが機能的MRIを用いた実験によって示されている。しかしながら、個々のニューロンがどのように素材知覚に関与しているのかは明らかではない。 令和3年度は、これまでに記録されたニューロン活動のデータを解析した。ニューロン活動は、注視課題遂行中のニホンザルに様々な素材の画像(36種類:9素材カテゴリー x 4サンプル)を視覚刺激として呈示し、電気生理学的手法を用いて記録された。はじめに、MRIによって構造画像を撮像し記録部位の確認を行った。記録部位は下側頭葉に位置し、機能的MRIによって素材知覚との関連が示唆されている脳部位に対して5mm程度前部に位置していた。約70%のニューロンが素材について選択的な反応を示し、これらのニューロンは電気生理実験の記録領域内において広く分布していた。次に、素材に触れた経験が素材知覚に与える影響を調べるために、様々な素材の実物体を見ながら握る行動課題を長期間行わせることによって視触覚経験を与え、視触覚経験の前と後におけるニューロン活動を比較した。選択的反応を示したニューロンの割合は視触覚経験前よりも経験後に低く、選択性強度は経験後のほうが低い傾向が見られた。さらに、類似度解析を用いて複数種の素材(素材カテゴリー)がどのように表現されているかを解析した。視触覚経験後における下側頭葉ニューロンの素材カテゴリー表現は、経験前との相関を示さず、視触覚経験直後(125日以内)においてヒトの素材印象との相関を示した。これらの結果から、下側頭葉ニューロンの素材カテゴリー選択性は視触覚経験によって変化することが示唆された。
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