タンパク質をはじめとする生体分子の立体構造研究においては、人間による目視での観察が欠かせない。しかし立体構造を平面ディスプレイで観察するには限界がある。そこで、本研究ではバーチャルリアリティ(VR)技術及び触覚技術(haptic technology)を用いた力覚フィードバックを取り入れつつ、「生体分子を人間の手で自由に触り自然に操作するための統合研究プラットフォーム」を開発することを目的とした。 触覚技術については、アラクノフォース社のSPIDAR-GIIを複数台購入し、力覚を伴った分子ドッキングの実装に取り組んだ。2台のSPIDAR-IIを用い、任意のタンパク質分子とリガンド低分子をそれぞれの手で把持し、距離に応じて静電相互作用による引力を生じさせるようなシステムを構築した。しかし、静電相互作用をそのまま距離の2乗で実装したケースでは実際に生じる力覚は非常に弱く、分子を十分に近づけなければほとんど感じることができないほどであった。また、両手による操作は片手の時に比べ分子操作の自由度が増すものの、長時間の利用では強度の疲労を生むことも分かり、非現実的であることも明らかになった。 また、この研究の実施期間中にAlphaFold2やRFDiffusionを始めとする構造予測・生成技術の飛躍的な発展があり、その出力への対応も検討した。例えばAlphaFold2およびESMFoldは残基ごとの信頼度スコアとしてpLDDTと呼ばれる値を出力する。この値の高低が天然変性領域および構造の柔軟性に対応することが知られているため、この値を考慮した簡易な柔軟性の表現に取り組み実装を完了した。さらに、もう一つの信頼性指標である残基ペア間の相対配置の確かさを表すPAEを考慮した表現については、PAEに基づいたドメイン同定をもとに、ドメイン間の相対配置を表現するものとして取り込む実装を行った。
|