研究課題/領域番号 |
18K11619
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
阿部 理 名古屋大学, 環境学研究科, 助教 (00293720)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中世気候異常期 / サンゴ年輪 / 古海洋 / 水温復元 / 塩分復元 |
研究実績の概要 |
西暦950~1250年は中世気候異常期(MCA)と呼ばれ、世界的に温暖な時期と考えられている。また近年、西暦1000年前後を境に気候が大きく変化したことを示す証拠が多く示されているが、ほぼ陸上からの記録で、海洋の、高時間分解能連続記録はほとんど存在しない。 そこで、本研究では、琉球列島南西部に位置する石垣島南岸の登野城サンゴ礁に埋没していた、U/Th年代測定と年輪計数により、西暦845~1130年の間生息していたことが明らかとなった体高約5mの化石ハマサンゴ試料を採取し、骨格炭酸塩のSr/Caおよび酸素同位体比の分析結果から、およそ一か月の時間分解能で海水温と海洋塩分の復元を行った。 これまで得られた石垣島の現生サンゴ記録、観測水温、観測塩分および海水の酸素同位体比よりSr/Caと海水温の関係式、酸素同位体と海水温および海水酸素同位体比の関係式を再構築し、Abe et al. (2009)によって得られた海水酸素同位体比と塩分の関係式と組み合わせることで、化石サンゴ年輪のSr/Caおよび酸素同位体比を水温と塩分へと変換した。 得られたMCAの水温は期間全体を通して、夏季は現代よりも約2℃低く、冬季は現代よりも約1℃高く、さらに、西暦1040年を境に明瞭に上昇したことがわかった。その上昇量は年平均で0.9℃、夏季平均で0.7℃、冬季平均で約1.1℃であった。また、塩分も西暦990年を境に有意に上昇したことが明らかとなり、その上昇量は年平均、夏季平均、冬季平均いずれも0.8であった。 本研究で見られた西暦1040年以降の水温と塩分の上昇は、Liu et al. (2014)が示した東アジア夏季モンスーン(EASM)の弱体化と調和的であった。本研究海域においては梅雨期の降水量の低下が塩分の上昇をもたらすとともに、雲量の低下によって海水温の局所的な上昇につながったと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度である今年度は、総合地球環境学研究所のICP発光分光分析計を用いたサンゴ骨格年輪のSr/Ca比およびMg/Ca比の高速・高精度分析法の開発と、化石サンゴ2群体の全測定を実施した。本研究では、人手と時間のかかる天秤による秤量ではなく、定量マイクロスパチュラ法を導入した。この方法では誤差が約10%程度生じる。また、炭酸カルシウムが主成分であるサンゴ骨格をそのまま溶解し、その金属比をICP発光で測定する場合、Ca濃度が金属比に影響を与えるため、これを一定にする必要がある。そこでサンゴ炭酸塩標準物質を用いて、秤量誤差範囲内で金属比が一定になるCa濃度を決定した。以上より従来法と同程度の再現性(1σ=0.3%)を維持した高速分析を達成することができた。 この手法を用いて、化石サンゴ2群体について計8000試料の分析を完了した。 本研究は石垣島と石西礁湖ですでに取得済みの現生および化石サンゴ年輪試料を用いて、過去1500年間の海洋環境復元を行うことを目的としている。この目的は、約500年輪を有す現生サンゴ試料、9~12世紀に生息し約300年輪を有す中世化石サンゴ試料、および5~7世紀に生息し約200年輪を有す古代化石サンゴ試料を主として、他いくつかの短尺試料を組み合わせることを想定している。化石サンゴの年代はC-14法に依拠している。今年度、より誤差の小さい年代決定を行うため、U-Th年代測定を、台湾大学のC.-C. Shen博士に依頼して実施したところ、中世サンゴ試料についてはC-14年代結果と誤差範囲内で一致していたものの、古代サンゴ試料については約400年、C-14年代よりも新しい結果が出た。そこで、同試料について、別機関で再度C-14年代測定を実施したところ、U-Th年代と誤差範囲内で一致したため、これまで古代と考えていたサンゴ試料は中世であると判明した。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は現生サンゴ年輪を主として行う。試料分析をさらに高速化するべく、粉末試料の削り出しと金属分析用バイアルへの定量分取を一体化する。板状試料からの削り出しは、XYZステージ付エンドミルを用いているが、粉末の粒度とそのばらつきが大きく、マイクロスパチュラによる秤量誤差が大きくなったため、作成した粉末試料を一旦ガラス製のすりつぶし容器に収納し、ガラス棒ですりつぶしを行った後、マイクロスパチュラで分取していた。この過程を省略するため、より粒度の均質な粉末を削り出すことができるドリル刃を選定し、削り出した粉末を直接金属分析用のPPバイアルに収納する方式に変更する。 前年度に、古代試料とみなしていた化石サンゴがU-Th年代によって中世試料であったことが明らかとなり、中世のほぼ同時期に生息した2つの長尺サンゴ年輪試料の同位体比および金属濃度比の結果を得た。当初目的よりも全体の復元期間は短縮せざるを得なくなるものの、過去に、同地点・同時期の長尺試料の化学分析を行った例はなく、本研究が初めてとなる。そこで本研究では新たに、従来の単一群体試料による環境復元に比べ統計的信頼性が向上した分析値を提供すること、および水温や塩分プロキシーとしての酸素同位体比・Sr/Ca比などの結果について、群体間の差異を長期間に亘り比較することにより、プロキシーとしての厳密な評価を行うことに取り組む。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年度は代表者が総合地球環境学研究所プロジェクトの分担者であったこと、および同研究所同位体環境学共同研究に採択されたことにより、分析費用負担が軽減された。2019年度以降は負担軽減分を追加分析費用として使用する。
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