研究課題/領域番号 |
18K11752
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
加賀爪 優 京都大学, 学術情報メディアセンター, 研究員 (20101248)
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研究分担者 |
鬼木 俊次 国立研究開発法人国際農林水産業研究センター, 社会科学領域, 主任研究員 (60289345)
衣笠 智子 神戸大学, 社会システムイノベーションセンター, 教授 (70324902)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | プロスペクト理論 / 退耕還林 / 生態移民 / コモンズの悲劇 / PSM手法 |
研究実績の概要 |
①中国西北部において、1999年以降、退耕還林事業が実施され、その成果を補強するため、生態移民政策が実施されてきた。傾斜地での耕作が環境汚染を引き起こしたことから、この活動を停止し植林や休牧・禁牧により元の林地や牧草地に戻す政策である。この過程で農牧民の所得減に対して、苗木や食糧等を補助し、また、牧民に転職技術指導を提供して都市近郊へ生態移民させる政策が併用されてきた。 ②エチオピア北部のティグライ州(キリスト教徒とイスラム教徒が混住)とアファール州(イスラム教徒が在住)は貧困地帯である。両地域とも共有資源を利用した搾乳業に従事している。キリスト教徒は搾乳した牛乳を販売して現金収入を得ているが、イスラム教徒の間では搾乳は伝統的に貧民救済に当てるべきで商業的に販売することに慣習的制約がある為、貧困から抜け出せない状態にある。しかし、近年では徐々に、一部の先駆的農民の間で、この販売を認める動きも出ている。また、地域的には協同組合を通じた牛乳流通過程の効率化も生じつつある。 一方、アファール州南部でアジスアベバ市に比較的近いアヲッシュ地域では、イスラム教徒であっても、「搾乳は伝統的に貧民救済に当てるべきで商業的に販売すべきではないという慣習的制約」が比較的弱い状態にあったが、貧困から抜け出せない状態にある点では余り大きな変わりはなかった。この地域の貧困には何か別の要因が作用していることが分かった。 こうした新しい行動に挑戦する農牧民に共通する属性と環境条件を詳しく調査し、逆に、伝統的な慣習に囚われて貧困状態から抜け出す挑戦を試みない農牧民を規定している要因について分析した。主要な要因として、宗教的制約の他に、村長の性格と村落の歴史、行政との関係等が大きく関係していることを解明した。また、その規定の仕方が農牧地域の自然資源条件に大きく規定されていることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以前のメケレ市近郊アバラ地域での重点的調査に加えて、今回の調査研究では、アジスアベバに近いアファール州南部のアワッシュ(Awash)市の近郊を選んで現地調査を実施した。アジスアベバから北東に220km、約3時間位の農牧地域である。この地域は、同じアファール人の牧畜地域であるが、アバラよりも先に牛乳を販売するなど市場経済が先行している。アバラと比較することで、牧畜民への市場経済の浸透状況とそのインパクトを調査した。Awashから30分位の所にエチオピアの農業研究機構の地域センターがあり、その若手研究員に調査の通訳と補佐を依頼した。加えて今後の現地調査についても、その時期と方法を打ち合わせた。同じアファール州アワッシュ地域でも、農牧民ごとに、牛乳販売をタブー視する程度には差があり、またタブー視する原因も必ずしも均一ではないことが分かった。祖先がどの程度禁欲的で厳格であったかに依存して搾乳業に対する考え方は多様であった。そこで、牛乳販売を容認するようになった経緯と時点(西暦年)を農家ごとに調査しようとしたが、この時点では明確な返答は得られなかった。これまでの調査で対象としてきたアファール州北部の事情に比べて、牛乳を販売することに関する農牧民の抵抗は一律ではなく、かなりの比率で肯定的に受け止めている牧民もいることが分かった。また、牛乳を出荷する市場は、必ずしも地理的に最も近い地域の市場とは限らず、やや遠くても何等かの血縁関係や取引実績のある地域へ出荷し続ける傾向もみられた。これらは、アファール州北部に比べて、大都市アジスアベバに近いことが影響している。さらに、この地域は首都のアジスアベバ市に比較的近いこともあり、近年、海外(域外)からの直接投資による砂糖黍の農園が一部に展開されており、農牧地域でありながら砂糖黍農園の農業労働者として従事しているものも見られた。
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今後の研究の推進方策 |
最終年は予算が少ないので、大規模な現地調査は望めないが、当該地域を対象とした既存の調査研究の帰結との比較検証を通じて、本研究の客観的信頼性を高めるよう分析結果を改良する。 当初の研究役割分担に従って、鬼木が主に東アフリカの帰結を導き、衣笠が日本を中心に分析結果をまとめる。加賀爪が中国と隣国ミャンマーの事例を加えて、全体的意義を導出する。そのためには、ミクロデータの収集が不可欠となるが、農牧民のアンケート調査に対する根強い抵抗が予想以上に強く非協力的なため困難に直面している。 農牧民への現地調査によるミクロデータ収集を効率的に実施するために、アファール州北部(ティグライとアバラ)での農村調査研究については、メケレ大学のメラク准教授を調査研究補佐、'Ibklav Negash助手を通訳として雇い、またアファール州南部(アヲッシュ市)では、エチオピア農業畜産資源研究所研究員WeldegabriealG.Areaawi博士を調査研究補佐とて雇用し、メケレ大学の'Ibklav Negash助手を通訳兼調査補佐として現地調査研究体制を組織化して、今年度以降の調査研究を進める。 また、中国内陸部においては、これまで実施してきた退耕還林事業や生態移民政策の効果がどのように展開しているかについて継続調査を行い、エチオピアとの比較による政策評価を深める。 さらに、中国の影響のもとに急速に経済発展を遂げつつあり、エチオピアと類似する発展段階にある隣国のミャンマーにおいて、この急速な経済発展が農牧地域における共有資源保全・利用に及ぼす影響と対策について実証分析する。 できれば、「プロスペクト理論」等の実験経済学や行動経済学の手法を適用して地域共有資源をめぐる農牧民の行動(リスク対応や時間選好等)を解明し、また、その下での政策の効果をPSM手法(傾向スコア照合法)を適用して分析することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度は、可能な限りの文献渉猟により既存研究のレビューを徹底し、種々の実証的帰結を類型化して、本研究の枠組設計をより効率的に改善することに焦点をあてた。そのことを通じて、備品や消耗品等の物品費には支出せず費用を最小限に留め、さらに現地調査の日数を極力短縮することにより、次年度の実質的分析のための予算を繰り越した。 次年度は、本格的な実証的分析のための現地調査(約\800,000)とその計測推定作業のための統計分析ソフト(約\650,000 + α)と現地でのデータ収集(約\550,000)の費用に充てる計画である。
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