研究課題/領域番号 |
18K11781
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
園田 節子 兵庫県立大学, 国際商経学部, 教授 (60367133)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 中国国民党 / 僑務 / カリブ海地域 / トリニダード・トバゴ / 華僑 / ディアスポラ華人 / 旧英領植民地 / 越境性 |
研究実績の概要 |
研究の初年度である当該年度は、8月にトリニダード・トバゴの首都ポートオブスペインで3週間、公文書館における史料の調査と収集、そして中国系住民の家族史インタヴューをおこない、中国系ならびに研究者の個人所蔵史料を打診し収集した。現地の個人所蔵コレクションにはいかなる史料が残っているのか、その概要の把握と撮影は順調で、1930~40年代の私信、国民党の英語雑誌全册、イヤーブック、公務員名簿、大学卒業アルバム等を収集した。これによって、現地の人種構成の中でどのように中国系が社会的上昇を実現するか、その経歴や教育戦略を論じる史料的根拠を得た。 初年度ゆえ成果の活字化は、現地調査で得た知見を中国研究所『中国年鑑』の華人世界の動向をまとめた短文に反映したに止まる。口頭発表は、史料収集が順調に進んだ1930~40年代の基礎研究の成果を、国内外で積極的に発信した。現地華僑は1930年代までにいかなる社会的上昇の道をたどったか、そして抗日戦争期に中国国民党がトリニダード華僑華人社会にどのような僑務を展開し、華僑華人はいかなる協力をしたかを、11月のマカオで開催されたアジア太平洋ラテンアメリカ研究国際会議と2月の京都大学人文科学研究所研究会で発表した。これらの場でラテンアメリカ研究や中国近現代史研究の研究者からコメントを得て、今後の方向性を考えた。特に京都での発表では、コメンテーターの原不二夫名誉教授から英領マラヤ華僑華人研究の視点を通して数々の指摘を得たことで、本研究が最終的に目指している旧英領植民地の華僑華人史機軸をいかに深めるか、具体的な切り口や論点の目途が立った。また10月にペルーのサンマルコス国立大学における2日間のグローバルヒストリー国際セミナー招聘講義の一部で抗日期トリニダードでの国民党僑務を論じ、南アメリカからカリブ海地域の旧英領植民地がどう見えるか確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
初年度に予定通りおこなったトリニダード・トバゴでの現地調査では、WHO医師Robert Lee氏の紹介を通じて現地の主要な中国系住民や研究者と面会し、個人所蔵史料から1930~40年代のものを集中的に収集できた。これによって、中国移民や中国系住民の社会的上昇には、彼らがトリニダード島の商業的発展を牽引した重要な経済領域に進出したことや、通婚によるクレオール化の進行が関係していること、さらにカリブ海地域や英国でイギリス式高等教育を受けて高等専門職へ進出し、かつアメリカの関連業界とも行き来できる集団として自らのエスニシティを現地社会で印象付けたことなど、複数の条件が関わっていたと分かった。また中華民国国民政府からの接近にも協力し、中国との政治的つながりを現地社会と中国系コミュニティ内部双方における社会的上昇のため巧みに表現していた。1930年代に商業的にも社会的にも発展した中国系コミュニティは、こうした複数要素の中で考察する必要があった。これと関連して、1930年代に陳友仁の親族がトリニダードで果たした社会的上昇には着目すべきで、現代のカリブ海地域出身のディアスポラ華人の移動生活パターンの原型が生まれた時代として分析する重要性を認識した。 これらの知見は当該年度内に国内外の学会、研究会、大学国際セミナーでの口頭発表や講義に反映した。なかでも英語招聘講義のため10月に訪問したペルーのサンマルコス国立大学で本研究の一部を反映して近現代の南北アメリカ華僑華人史を論じたことは、当該年度に見込んだ以上の着想を得る契機につながった。現地の研究者や学生との意見交換を通して、スペイン語圏の華僑華人の在り方と比較した旧英領植民地華僑の特徴を論じる必要性や、国家が海を越えて出国移民とつながろうとする動機や原理をより広く長い視座から問う視点の必要性を認識した。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、トリニダード・トバゴにおける二回目の調査とジャマイカにおける調査、そして台湾における僑務史料の収集を予定している。初年度のトリニダード・トバゴ調査では、1930年代に現地で事業が軌道にのった中国移民とその次世代は、日用品雑貨販売、ホテル業、コーヒー会社など現在も同国内で事業展開する著名な会社経営者を輩出しており、かつ戦前移民世代の子孫グループが彼らから一定の距離を保っている実態も分かった。戦前移民の子孫世代は英国化に価値観を置くことに対し、1930年代以降のグループには中国名を維持し会社名にも中国語を残す、独自の価値観が見受けられる。このため、次回のトリニダード調査では1930年代以降の商業従事者へのインタヴューと所蔵史料の打診を集中的におこなう予定である。 その一方で、トリニダード現地の安全性は現地協力者や日本総領事館が指摘する通り年々悪化しており、実際8月のポートオブスペイン調査では、日中から公設市場でマフィアが活動するなど治安悪化が表面化していた。このためトリニダードとジャマイカの調査は、安全情報に目配りして実施の如何を決定する。安全面に不安がある場合、調査はオックスフォード大学所蔵のカリブ海地域報告書や地図の収集、またはロンドンかトロントのカリブ海地域中国系再移民のディアスポラ性とその社会的上昇の調査に切り替える。その際、1940~50年代の戦後・冷戦過渡期におけるカリブ海地域華僑社会の関連史料の調査、ならびにディアスポラ華人の典型的な社会的成功例として陳友仁と戴愛蓮、ジャクリーン・チェンに関する資料と情報の収集もおこなう。 研究成果は、国内外における口頭発表と活字化で随時発信する。とりわけ史料分析した歴史学的成果を活字化して発信する作業は、次年度から本格的におこなうべく、国内外の学術雑誌に掲載するため現在和英両言語の論文2本を執筆中である。
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