本研究の目的は、英語化がシンガポールにおける歴史観の創造と伝統文化の継承に及ぼしている影響を明らかにすることである。今年度は3年ぶりにシンガポール出張が叶い、現地文献調査と博物館訪問を中心に研究を進めた。出張目的は次の3点。①現地での資料収集、関連書籍購入、②大英帝国時代の象徴的文化遺産(建造物)の現状調査、③National Heritage Bureau(国家遺産局)直轄の博物館、美術館の展示調査と博物館員への聞取り調査である。①と②の調査は十分な成果を得た。③の調査では国立博物館と国立美術館、アジア文明博物館は訪問できたが、プラナカン博物館、Chinatown Heritage Centreなどは休館・改装中で訪問・聞取り調査は叶わなかった。国立図書館では1965年独立の次年度1966年~現在の政府発行年鑑のうち、紙媒体発行の1966年度~2008年度年鑑を閲覧し、英国植民地時代と日本占領下時代に関する記述内容と分量の変化を調査した。予想通り、日本占領下時代の記述には日星間の外交的・経済的関係との相関関係が見られた。シンガポール標準英語が英国階層社会の言語からシンガポール多民族社会の共通語へと変化している点が読み取れたのは発見であった。シンガポールの独立後の急速な経済成長・国家威信高揚と並行し、自国史の記述は過去へと伸長する傾向がある。特に2008年以降、ナショナリズムと考古学との関係が濃くなり、独立50周年2015年にはSingapore 700 Yearsという歴史書まで発刊された。英国植民地時代も「現社会形成初期」から「近代史の一段階」という扱いに変化している。今年度は所属学科改編2年目に学科長を担当し、学務に多忙を極めたため、研究会発表のみで、まとまった執筆をすることができなかった。本年は収集した資料を基に調査報告をまとめたいと考えている。
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