研究課題/領域番号 |
18K11822
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
古矢 旬 東京大学, 大学院総合文化研究科, 名誉教授 (90091488)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 熟議民主主義 / ポピュリズム / 反知性主義 / ドナルド・トランプ / 『ザ・フェデラリスト』 |
研究実績の概要 |
アメリカの現代民主政の一つの大きな特色は、政治的言論の劣化にある。過去半世紀のアメリカでは、福祉国家の形成定着に伴い、国民の多くが、政府のサービスの受動的な受益者へと変質し、理性的な言論を通しての政治参加による自己利益の確保という能動的な民主主義的行動を回避する傾向が強まってきた。そこでは政治指導者の政治的言論も、有権者の権利意識に訴え、集団の組織化による各自の要求実現を図るよりは、マスメディアを通して大衆との情緒的な一体化を図ることによって支持を訴えようとする。本研究は、このような民主的言論の劣化の実態を、アメリカ民主政の歴史を遡り、大統領をはじめとする連邦政治の主要リーダーたちの政治的言論の変化のうちに位置づけ、その克服の可能性を探ることを目的とする。 初年度は、この問題の起源を探るべく、そもそもの合衆国憲法の制定過程に注目し、初期アメリカ共和国時代の政治的討議の質をあきらかにすることにつとめた。具体的には、当時の指導的な政治家たちの伝記研究と併行して、18世紀の憲法擁護の書The Federalist(『ザ・フェデラリスト』)全85篇の精読による言説分析の共同研究を推進してきた。後者の目的のために、約15名の初期アメリカ研究、政治学、憲法学の専門家の参加を仰いで研究会を組織し、これまで24回の研究会を開催し、全篇の解読を行ってきた。その間、研究代表者は、二人の共訳者とともに同書の翻訳を進めてきているが、未完であり、その完成にはなお本研究の残りの期間を要すると思われる。 この古典研究と併行して、それと対照的な現代アメリカのポピュリスト的な政治言動の解析も進めてきており、それはすでに研究業績として出版、口頭報告の形に現実化している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究に関連する諸分野から優れた研究者を集め、本研究の根本史料である『ザ・フェデラリスト』の解読を、ほぼ終えられたことは、当初の予定を大幅に上回る進捗であった。また、トランプ大統領をめぐるアメリカ民主政の政治的言説の混乱や劣化に関しては、新聞、雑誌、インターネット資料の渉猟によって、その概要をあきらかにし、成果の公表も行うことができた。 しかし、この両方の時代の政治的言説の懸隔を架橋する、19世紀末から20世紀前半の政治言論の変容に関しては、ほとんど手が着けられなかった。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究を受け、いわば原点としての『ザ・フェデラリスト』の翻訳を進めるとともに、第2年度には、アンドリュー・ジャクソンからフランクリン・D・ローズヴェルトにいたる全大統領の就任演説、議会教書、重要な記者会見の内容分析に取りかかる。ここでも、各大統領の「原点」からの乖離を、出身地域の差、出身階層、教育の違いなどに注目して検討する。 とりわけ、古典的かつエリート主義的な『ザ・フェデラリスト』から、一転して過激な民主主義的言説へと政治の言語空間を変質させたジャクソン大統領の政治的背景、さらにはジャクソンから19世紀末の人民党運動、そして現代のトランプへと至る大衆政治の系譜の解明につとめたい。 また大統領選挙の前年に当たる第2年度には、アメリカで現地視察を行い、トランプをはじめとする候補者たちの言説の特色の把握に努めたい。同時に、大統領制の専門家(Allan Lichtman, American University, Sean Wilentz, Princeton University) との意見交換を行い、重要大統領に関する原資料の収集に当たる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初購入を予定していた書籍が、一部未着であったこと。とくに本研究の中心的課題である『ザ・フェデラリスト』の翻訳に必須のOxford English Dictionary 全13巻を早期に注文したにもかかわらず3月末までに届かず、書店よりいったん注文取り消しにして欲しい旨通知があった。定価も不明な大部の辞書であるが、次年度、古本も含めて改めて発注する予定である。
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