研究課題/領域番号 |
18K11822
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
古矢 旬 東京大学, 大学院総合文化研究科, 名誉教授 (90091488)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 熟議民主主義 / ポピュリズム / 反知性主義 / ドナルド・トランプ / 『ザ・フェデラリスト』 |
研究実績の概要 |
本研究は、建国以来今日までほぼ230年間、憲法体制に革命的変革を加えることなく、その根幹が維持されてきたアメリカ合衆国において、民主政(その初期には共和政と呼ばれていた)の実態がどのように推移してきたかを、政治的な言論の変容にそくして解明することを目的としてきた。当初計画において、最終年度の2020年度は、その年がちょうどアメリカ大統領選挙の年に当たっていたこともあり、選挙キャンペーンの現地観察をとおして現職ドナルド・トランプ大統領の政治指導と言説の歴史的な特色と意義を、あきらかにすることを主目的としていた。しかし、年度当初からアメリカ本土に吹き荒れた新型コロナウィルスの流行のため渡米は不可能になり、本研究の方向性も大幅な修正を余儀なくされた。 したがって本研究では、トランプ大統領の政治指導が、アメリカ憲法体制に及ぼした甚大な影響をはかるために、現地の政治状況の踏査に替え、日本からでもアクセス可能なメディア、ネット情報をできる限り活用し、広範な学術文献の渉猟によって「トランプ時代」の政治史的文脈をあきらかにすることに努めた。この点では、幸いなことに研究関心をともにするわが国の最先端のアメリカ史研究者や一線のジャーナリストとの意見交換の機会を得、一定の成果を挙げることができた。 しかし、文献研究の重点が、21世紀の現状理解に置かれた結果、アメリカ憲政体制の起源と19世紀前半に劇的に進行した共和政から大衆民主政への政治的言論空間の変容とに関する研究に遅れが生じてしまった。とりわけ、本研究がアメリカ民主政理解のための不可欠な前提的作業と位置づけた『ザ・フェデラリスト』の翻訳作業は十分に進まなかった。ただし、翻訳の進行とともに、アメリカの民主主義制度が、いかに建国期の政治的叡智と熟慮に支えられて、穏健性と安定性を保ってきたかが、徐々にあきらかにされつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度の中心的な研究課題であった、アメリカ大統領選挙の現地観察と、関心を同じくする欧米の政治、歴史研究者との意見交換と討議を十分に進めることができなかった。インターネットにより可能となった新しい国際学術交流の技術を活かすだけのノウハウの欠落を痛感した。 その結果、現代アメリカ民主主義研究にしめる文献研究の比重が高まり、その成果の執筆に追われて、本年度の目標として掲げた『ザ・フェデラリスト』の翻訳と刊行のための作業時間が大幅に失われることになった。
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今後の研究の推進方策 |
幸い延長されて最終年にあたる次年度は、第一に、2020年度大統領選挙がもたらしたアメリカ民主主義の変化を探ることを目ざしたい。すでに一年半後に迫った中間選挙までに、前大統領トランプの政治的影響力は、どのように推移してゆくのか、SNSは政治的なコミュニケーション空間を不可逆的に変えてしまったのか、アメリカ現代政治の党派間対立の言論は新しい協調のプラットフォームを見出しうるのか、国民的コンセンサスは再構築可能なのか、といった問題を集中的に検討したい。 第二に、『ザ・フェデラリスト』の翻訳を完成し、刊行にこぎ着けたい。同書は、現代のアメリカ政治と同様深刻な分裂の危機を抱えていた独立直後のアメリカが、いかにして連邦憲法という幅広い国民的コンセンサスの制度的土台を構築しえたのかを雄弁に物語る古典である。その成立の経緯を原典の翻訳をとおして探ることは、疑いなく現代アメリカ国民社会の分断の行方の理解に資するであろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルスの流行により、当初予定していたアメリカ大統領選挙の現地視察と、海外の研究者との直接の意見交換を年度内に施行することが不可能となったために、次年度使用額が生じた。 次年度には、コロナ禍の終熄をまって、①2020年大統領選挙の歴史的意義と2022年中間選挙の展望とを探るために、アメリカでの現地視察を行う。②欧米及び中国を訪れ、これまで交流に努めてきた旧知のアメリカ研究者を中心に、アメリカ政治の現状をめぐる意見交換を行う。③刊行を予定している『ザ・フェデラリスト』の翻訳に関わる一次資料を、ハーヴァード大学、ブラウン大学、イェール大学、プリンストン大学図書館で収集する。
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