研究課題/領域番号 |
18K11824
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
宮本 万里 慶應義塾大学, 商学部(日吉), 准教授 (60570984)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 牧畜民 / 殺生戒 / 仏教化 / 屠畜 / 肉食 / 聖牛 / ブータン / 北東インド |
研究実績の概要 |
今年度は、2019年秋にブータン中西部高地でヤクやウシを飼養する牧畜民社会を対象に現地調査を実施し、その成果の一部を論文として学術誌へ投稿した他、国内の研究会で複数回の研究発表を行った。2020年2月-3月にはインド北東部およびブータンでの追加調査を計画していたが、新型コロナウィルスの世界的な蔓延により両国政府が外国人の立入り制限を実施したため断念した。現在までに、代替的な調査として、近年の両国の畜産局や宗教関連局の政策動向に関する文献調査および、現地官僚や宗教団体へのオンラインを通じた断続的なインタビューや情報収集を可能な限り行っている。 秋に実施した現地調査では、高地牧畜民の屠畜実践に注目し、中西部高地牧畜民の季節的な移動のサイクルを支える農耕民世帯との繋がりを調査した。牧畜民による家畜(特にブタやヒツジ)の屠殺は、定住的な農耕民世帯の必要に応じて比較的専業的に行われる一方、その習慣は殺生を禁じる仏教界によって強く否定されてきた。調査からは、農耕民によるブタの飼養放棄が起こった時期を一つの端緒として、「ネップ」と呼ばれた低地農耕民社会と高地牧畜民社会の間の相互共益関係が徐々に失われたこと、その背後に仏教僧院や大僧正らの影響があることが明らかとなった。他方で、ネップ関係の喪失の背景には、薬草(冬虫夏草) 販売による高地牧畜民の経済状況の向上という要素も観察できた。それは、究極的には高地牧畜民による牧畜放棄および再定住も引き起こしている。しかし、ウシやヤクを手放す一方で、家畜の庇護や繁栄を土地神へ願う供儀は現在も多くの村で継続中である。仏教界は近年、土地神を祀る土着の儀礼を仏教儀礼によって代替しようと試みており、それが高地牧畜社会の文化的属性や慣習、人々の紐帯をいかに変容させうるのかについても、今後調査を続ける必要があると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2019年度は2月から3月にかけて実施予定であったインドおよびブータンでの現地渡航調査が、新型コロナウィルスの世界的蔓延により実施不可能となったため、現地調査期間の短縮および中止を余儀なくされた。特にインドでの調査を十分に進めることができなかったことが調査の進展に遅れをもたらしている。予定した調査は2020年度に持ち越す予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題は、対象社会での現地学術調査を必須とするため、新型コロナウィルスの終息が困難である場合は研究内容の変更を検討する必要があることを念頭におきつつ、当面は調査継続が可能であることを前提に研究を進める予定である。 2019年度は、ブータンの放生実践の主要なターゲットとなってきたヤクを飼う牧畜民の社会とその変化を、特に「屠畜者」や「高地民」差別を生み出してきた農耕定住民社会との関係性のなかから描こうと試みた。2020年度は、高地牧畜民社会のみならず低地の農耕社会などでも盛んに行われてきた動物供儀についてさらに調査を進め、仏教界による諸政策の影響を明らかにする。現地調査では、政府系中央僧院での情報収集に多少の困難があるが、現地の人的ネットワークなどを利用しながら政策立案の過程を少しでも明らかにしていきたいと考えている。また以前に調査を行ったBAFRA(ブータン農業・食品規制局)に追加調査を行い、国境での放生実践について情報収集を引き続き実施する。 北東インドでは、これまでの調査地に加え、北部アルナーチャル・プラデシュ州でのミトゥン牛の飼育状況や肉市場、仏教僧院の活動などについて聞き取り調査を行い、ナガランド州やブータンの事例と比較調査を行いたい。 これら北部南アジア地域の牧畜村における調査をとおして、多様な大型家畜と人々の食や信仰を含むつながりを明らかにする中で、インドを中心とした聖牛保護政策やブータンの放生実践の意味を、宗教のみならず人々の生業や生活実践の側面から考察していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度は2020年2-3月に予定していたブータン、インドでの現地調査および英国での資料調査が、新型コロナウィルスの世界的蔓延によって中止となったため、その分の海外渡航費・滞在費が次年度へ持ち越されている。2020年度に海外渡航制限が解除となった場合は、夏・秋・春の最大3度の渡航調査をつうじて調査を進める計画である。また、渡航調査が不可能な場合は、これまでの調査で収集したデータの整理と翻訳を進め、研究助手への人件費等としてその一部を活用する予定である。
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