本研究では、自然災害が無形文化遺産の実践や継承に及ぼした影響について、火山災害による被災経験をもつバヌアツ北部地域の2地域、バンクス諸島ガウア島(2009~10年の噴火で西部集落の住民が北部に避難)、およびアンバエ島(2017~18年の噴火で全島民が離島)で、地域住民への聞き取り調査、および関連する無形文化遺産に関連する文献資料調査を行った。昨年度より延期していた現地協力機関と共同の最終現地調査については日程が折り合わなかったため断念し、アーカイブ等を使用した調査地域の無形文化遺産に関連する初期民族誌情報の収集を実施した。また、現地協力機関による無形文化遺産と災害に関わる調査や報告の作成を支援した。 本研究では、火山災害のみならず様々な災害状況についても情報収集を行ってきたが、結果として、避難という困難を経た無形文化遺産の継承について、様々な知見を得ることができた。避難生活は、日常とは異なる環境において長期にわたる生活を強いるものであるが、同時に、被災者を受け入れる人々にとっても新たな社会状況をもたらしている状況が、調査を通じて明らかになった。本研究で扱った事例における近隣地域への避難は、被災コミュニティの文化的コンテクストに配慮した措置といえるが、双方の文化的実践に様々な影響を及ぼす。無形文化遺産の継承にとってポジティブな側面もあり、隣接するマエウォ島に避難したアンバエ東部の人々は、すでに衰退した伝統的技術が避難先コミュニティで持続している状況に接し、無形文化遺産の実践を再興する契機となった。また、調査事例のなかでは、一時的な資源の枯渇といった状況を除いて、災害を直接の原因として無形文化遺産が衰退する状況はなく、むしろ、無形文化遺産の危機の背景には、現金経済の浸透、学校教育や教会活動などにともなう生活スタイルの変化が深く関わっていることが、改めて認識された。
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