本研究は、女性の社会的位置と経験に基づく視座から科学技術の有り様を議論するフェミニスト・スタンドポイント(FSP)アプローチを用いて、チェルノブイリ原子力発電所以降に日本で行われてきた放射能市民測定運動を分析し、女性らの測定実践が果たしている社会的役割と、日本社会における放射線をめぐる「科学」の在り方を検討することを目的としている。 昨年度に引き続き、コロナウイルス感染拡大の影響を受け、当初行う予定であった海外を含めた市民放射能測定室の訪問、関係者インタビューの実施が限定的にならざるを得なかった。そのため、本年度は過去に刊行されたニューズレター・書籍など各種資料の収集、理論基盤の検討、論文執筆を中心に行った。 ハーディングが述べる通り、FSP研究の本質的な対象は「支配的な制度であり、男性の生活であり、そして、それらが女性の生活にもたらす影響」である(Harding 2006)。本研究では、女性たちの具体的実践と支配的制度としての「科学」との関係をいかに連結して議論するかに焦点を絞り、理論検討を行った。特に、過去30年以上にわたり実践されてきた放射能市民測定を分析する上で、それ以前の放射線に関わる女性運動(杉並区の女性らが始めた原水爆禁止署名運動等)を分析の射程に入れ、科学技術史を含めたジェンダー分析論文として投稿、現在改稿中である(英語、共著)。 出版物としては、ベルギーの共同研究者らと、Anna TsingのNonscalability概念を用いて福島原発事故後の放射能市民測定の在り様を分析した論文(邦訳タイトル「福島原発事故後の日本における「市民科学」のノンスケーラビリティ(規格不能性):市民放射能測定所の連結性を解く」)を執筆、出版した。
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