研究課題
水の中に打ち込んだイオンが形成する化学状態を明らかにするために、ベータ線検出核磁気共鳴(β-NMR)法による精密分光を目指している。これまでに、短寿命核17Nビームを用いてβ-NMR分光を行い、水の中に打ち込んだ窒素イオンが少なくとも2種類の化学種を形成することを発見した。NMRスペクトルの高分解能化を実現するために、パルスNMR技術の適用、静磁場一様性の改善、および高感度カメラによるビーム停止位置モニターの導入に取り組んだ結果、測定効率とスペクトル分解能を格段に向上させることができた。これにより、化学シフト参照試料の探索のために、様々な窒素化合物水溶液および溶媒試料中の17Nスペクトルを測定することができ、窒素置換を示唆する液体試料として、シアン化カリウム、亜硝酸ナトリウムおよびアンモニアの水溶液が有望であることがわかった。2020年度は、1ppmオーダーの分解能を目指し、水の中の17Nスペクトルの高分解能化を図った。これまでに発見した2本の共鳴線のうち、低周波数側のピークについて分解能9ppm(FWHM)でのスペクトル測定が実現した。得られたスペクトルは、分解能から予想される線幅よりもやや拡がっているように見えていることから、singlet ではなく、17N核と水素核1Hによるスピン-スピン結合によりdoubletやtripletなどに分裂している可能性を示唆している。さらなる高分解能化によりスピン-スピン結合による分裂が観測できれば、水に打ち込んだ窒素が水素と化学結合状態を形成していることの明確な証拠となる。現時点での分解能はRF磁場強度で決まっている。静磁場の非一様性は1ppm以下に抑えられているため、RF磁場強度を下げることによりさらなる高分解能化は可能であり、2021年度には明らかにできると期待している。
2: おおむね順調に進展している
2018年度から2019年度にかけて、高分解能β-NMRスペクトル測定を実現させるための改良を重ねつつ、水の中の17Nのβ-NMRについての新たなデータ取得を行ってきた。πパルスによるスピン反転法を開発したことにより、効率よく精密スペクトル測定ができるようになり、水中に打ち込んだ17Nが少なくとも2種類の異なる化学種を形成することが明らかとなった。現在使用しているNMR電磁石の3次元磁場分布を詳細に測定し、最適な試料位置を見つけたことにより磁場の非一様性が約一桁小さくなり、1ppm以下にまで到達した。さらに、超高感度カメラを用いたビーム停止位置モニターを新たに導入し、17Nのビームスポット画像を観察しながら停止位置を調整できるようにした。これにより磁場によるビームの曲がりから生じる位置の不確かさの問題が解決し、スペクトル線幅が狭くなり、かつ測定効率も格段に向上した。多くの試料を測定することが可能となったため、化学シフトの基準となる参照試料の探索を行なった結果、窒素置換を示唆する液体試料として、シアン化カリウム、亜硝酸ナトリウムおよびアンモニアの水溶液が有望であることがわかった。2020年度には分解能は9ppmに到達し、本研究開始当初の約200ppmを大幅に更新することができた。その結果、水の中の17Nスペクトルについて、17N-1H核間のスピン-スピン結合の可能性を示唆するデータが得られた。化学シフトの精密決定に加えて、スピン-スピン結合の観測は化学種同定により決定的な情報を与えることができるため、今後の展開に繋がる重要な成果である。以上により、研究は概ね順調であると言える。
2020年度に行った水の中の17Nのβ-NMRスペクトル測定について、分解能9ppmでの測定により、17N-1H核間のスピン-スピン結合による共鳴線の分裂を示唆するデータが得られた。装置の性能上、分解能を1ppm以下にすることが可能であるため、今後さらに高分解能化して測定を行い、スピン-スピン結合による分裂が本当に生じているのかを明らかにする予定である。分解能1ppmを達成するためには、磁場一様性の高い領域にのみビームを入射させる必要があるため、ビームを絞る必要がある。一様性の高い領域を拡げることができれば、ビームサイズを大きくして測定効率を高めることが可能となる。そのために、シムコイルなどを導入して磁場分布の形状を補正することを試みる。また、参照試料中のスペクトル測定も行い、水の中の17Nの化学シフトを決定し、化学種同定を目指す。
装置改良等にかかる物品費について、急を要しない限りよく検討してから実行するのが望ましいと考え、次年度以降に購入することとしたため。次年度は、磁場補正のためのシミング装置、実験試料、旅費及び論文出版等に使用予定である。
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Applied Radiation and Isotopes
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