研究課題/領域番号 |
18K11922
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
二宮 和彦 大阪大学, 理学研究科, 助教 (90512905)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 非破壊元素分析 / 化学状態分析 / ミュオン特性X線 / ミュオン原子 / ミュオン原子形成過程 |
研究実績の概要 |
本研究は、非破壊非接触で物質内部の元素の化学形態を解明する、全く新しいタイプの分析法の開発に挑戦する。具体的な手法として、近年開発が進んでいるミュオン元素分析法に、ミュオン特性X線構造の精密測定という新しい視点を取り込むことにした。ミュオン特性X線の放出確率は、化学形によりわずかに変化することが知られており、化学形によるミュオン特性X線の測定からこの目的を達成する。本研究は(1)実験セットアップの開発、(2)試料ごとのX線構造のデータベース化、(3)既知の混合比の標準試料の測定による方法論確立、(4)成分未知の含鉄試料への適用、という4つのステップで実施する。 H30年度、(1)と(2)について成果を挙げることができ、R1年度は(3)および(4)に注力した。 本研究では、方法論の確立および実試料への適用として、砂鉄に注目した。砂鉄はFe3O4が風化により一部γFe2O3に変化した化学形を持っている。この風化度合い、すなわちFe3O4含有率を本手法により分析し、手法の検証を行うこととした。ミュオン照射実験は、ミュオン実験施設RCNP-MuSICにおいて実施した。砂鉄およびFe3O4とFe2O3へのミュオン照射を行い、半導体検出器を用いてミュオン特性X線スペクトルの取得を行った。3つの試料から得たミュオン特性X線強度を解析することで、砂鉄のFe3O4の含有率を決定した。得られた値は、同じ試料をメスバウアー測定により分析し、決定した含有率とよく整合した。このことより、ミュオン特性X線測定によって化学形の決定が可能であることを実証した。 これらの研究成果は、複数の国際学会での発表や、査読付きの欧文誌への掲載を通して公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度の目的としていた、(3)既知の混合比の標準試料の測定による方法論確立、だけでなく、さらにR2年度の研究目標としていた(4)成分未知の含鉄試料への適用、について研究成果を得ることができた。 本研究では、初年度の研究成果から、実験についてのフィジビリティを確認できていたため、成分既知の標準試料ではなく成分が未知の試料に対する手法の適用を行った。道資料として本研究では砂鉄(Fe3O4とFe2O3の混合物であることが分かっているが、その混合比が不明のもの)について分析を行った。大阪大学核物理研究センターRCNP-MuSICにおいて、ミュオン照射実験を行い、放出されるミュオン特性X線を解析してミュオン特性X線強度比(KX線系列の放出確率)とミュオン捕獲比(Fe/O:鉄原子と酸素原子の捕獲率の比)を詳細に調べた。砂鉄がFe3O4とFe2O3の二元系であると考え、砂鉄のミュオン特性X線強度比を、Fe3O4とFe2O3のミュオン特性X線の強度比で再現を行うことで、砂鉄に含まれるFe3O4の割合が25%であることを実験的に推定した。ミュオンの捕獲比(Fe/O)の観点からも、砂鉄のミュオン捕獲比がFe3O4とFe2O3の間の値をとったことから、同様にFe3O4の割合を調べたところ、同じ25%という結果が得られた。この砂鉄試料について、メスバウアー測定による化学形分析を行った。その結果この砂鉄はFe3O4とFe2O3の2成分系であり、Fe3O4の割合は22%であり、ミュオンによる化学形分析法の分析値を良く再現することがわかった。 本研究では、砂鉄試料のミュオン特性X線測定実験を通して、ミュオン特性X線強度比から非破壊の化学形分析が可能であることを実証した。これに加えて、計画時は想定していなかったが、ミュオン捕獲比からも2元系であれば同様に化学形分析が可能であることを示した。
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今後の研究の推進方策 |
R1年度までの研究により、本科研費で目的としていた、ミュオン特性X線測定により非破壊で元素成分を調べることの技術的な実証を行うことができた。ただし大阪大学核物理研究センターRCNP-MuSICの利用が、加速器のアップグレードにより実施できなくなったため、R2年度は、よりビーム強度の高いスイスPSI研究所において実験を行い、より精度を高めるとともに化学形が時間変化する試料への適用実験を計画している。 スイスPSI研究所では、RCNP-MuSICの100倍のビームが利用可能であり、装置の問題から単純に統計が100倍となるわけではないが、より短時間で高統計のデータが得られると期待される。すでにスイスPSI研究所での実験申請を行っており、準備ができ次第実験に取り掛かる予定である。 さらにメスバウアーが適用できる鉄以外への化学形への、この手法の展開を実施していく予定である。ミュオン特性X線は、あらゆる化合物で存在するミュオン捕獲における化学的な効果を利用しているため、メスバウアーのように元素への適用に原理的には制限がない。また、炭素などの軽元素に対しても適用可能であることから、簡単な有機化合物に対する適用を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験を主に実施していた大阪大学核物理研究センターRCNP-MuSICは、加速器のアップグレード工事により利用が停止している。このため代替の施設として、同様のタイプの加速器であるスイスのPSI研究所での実験を計画した。すでに実験申請は行っているが、R1年度は実験の機会に恵まれなかったため、その分の実験経費をそのままR2年度の使用とすることにした。
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