研究課題/領域番号 |
18K11965
|
研究機関 | 芝浦工業大学 |
研究代表者 |
日髙 杏子 芝浦工業大学, デザイン工学部, 准教授 (50801297)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 色彩論 / カラーチャート / 標準化 / ナショナリズム / ブリティッシュカラーカウンシル / 伝統色 / 多言語対応 / デザイン規格 |
研究実績の概要 |
本研究目的は、デザイン学の視座から、イギリスのデザイン規格カラーチャートに反映された社会思想を明らかにすることである。国家的色彩規格と戦間期のナショナリズムとの関連性を、特にブリティッシュカラーカウンシル発行カラーチャートを対象に分析してきた。 2018年度は、1950年代ヨーロッパのデザインと、ブリティッシュカラーカウンシル発行物の社会経済的影響について原著論文「イギリスの工場と事務所の色彩計画におけるミッドセンチュリーモダン」を、多摩美術大学研究紀要第32号に掲載した。一般的にはミッドセンチュリーモダンデザインは、豊かなアメリカ経済文化の表象とされるが、しかし1950-1960年代イギリスの工場・オフィスの色彩計画には、重工業化による公害・スモッグへの衛生対策と清浄な自然への憧れが明確に記録されていた。 6月に、日本色彩学会第49回全国大会(大阪市立大学)で、「ブリティッシュカラーカウンシル公認のイギリス伝統色」と題する口頭発表を行った。 同じく6月に、マンセルセンテニアルカラーシンポジウム(マサチューセッツ芸術大学)において、"Chemical Colorants' and Synthetic Fibers' Influence on the Revisions of Munsell's A Color Notation"のポスター発表を行った。20世紀前半の化学産業の発達による「より鮮やかな色」がもたらしたアメリカの色彩規格の変遷を、マンセル著「色彩の表記」改訂から検証した。 2019年5月には、日本色彩学会誌に第43巻3号に原著論文「ブリティッシュカラーカウンシル発行の園芸カラーチャートに関する一考察」が掲載確定した。1938年、ブリティッシュカラーカウンシル発行の園芸カラーチャートが、当時のイギリス首相チェンバレンの宥和政策が如実に反映されていたことを論証した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
現在まで研究は非常に順調に進展し、2018年度は大学紀要論文(査読あり)1本、国内学会口頭発表(閲読あり)1報、国際学会ポスター発表(閲読あり)1報の成果発表をした。2019年度には既に、国内学会論文(査読あり)1本が掲載決定し、国内学会口頭発表(査読あり)1報を発表予定である。これらの成果発表では、色彩・デザイン規格の国際競争で、イギリスの独自性とナショナリズムを色彩・デザイン規格に押し出したことを論証してきた。 研究目的の通り、19世紀から第二次世界大戦まで、超大国であったイギリスで発行された色彩・デザイン規格の覇権争い、多言語対応、他国の規格との互換性を補足していた状況を、一層明らかにしていく。文献調査として、東京大学図書館、慶應義塾大学図書館、文化学園図書館所蔵のブリティッシュカラーカウンシルのカラーチャートを一次資料調査した。一次資料調査を通じ、各国が国家的に標準として採用した表色系やカラーチャート、色彩規格のしくみを比較してきた。 2018年12月には、ドイツ・ベルリンにおいて20世紀初頭の規格化論争とバウハウスの色彩理論に関する資料調査を行った。ドイツのデザイン規格は、イギリスやアメリカとは根本的に異なる理論や表記が多く、これは第一次・第二次世界大戦での敵対関係に基づくと考えられる。 また20世紀前半、イギリスから発信する英語圏文化と規格を広める一環として、日本の色彩語もブリティッシュカラーカウンシルの影響を受けた可能性の調査を開始した。20世紀におけるイギリス由来の外来色名と色彩規格の日本への伝播を例証するため、日本色彩研究所編「色名大辞典」(1954)におけるブリティッシュカラーカウンシル由来の外来色彩語データベース作成を開始した。このデータベース作成により、第二次世界大戦以前のイギリスからの色彩規格と色彩語が日本へ及ぼした影響を明確にできる。
|
今後の研究の推進方策 |
1930年代、軍事パレード、観艦式、王侯の戴冠式や結婚式における路上や宮殿などを彩る国旗や装飾は、ナショナリズムの率直な視覚化と愛国心を煽るために用いられた。イギリスの国家的・軍事的式典の色彩計画とデザインをブリティッシュカラーカウンシルは担当し、これらの式典に特化したカラーチャートを発行していた。 今後の研究の推進方策として、20世紀前半に伝統色が「国家」と「民族」を表現する媒体として利用されたことを、一次資料や写真を元に検証し、日本色彩学会、芸術工学会、および海外の学会誌において論文や口頭発表で積極的に成果発表する予定である。 2019年6月、日本色彩学会第50回全国大会(東京工芸大学)で、ブリティッシュカラーカウンシルの伝統色カラーチャートとジョージ6世の戴冠式の表象について口頭発表を行う。 イギリスの色彩・デザインの規格成立と他国--特にアメリカ・ドイツ・旧ソビエト連邦の規格との覇権争いを軸に調査を進める。また、各国の社会思想や、カラーチャート・表色系のしくみ、色彩語や用語の違いも丹念に比較したい。 1970年前後には、ブリティッシュカラーカウンシルは活動停止したが、活動停止の背景には、イギリス工業の衰退と不景気が反映していた。イギリスの色彩・デザイン規格は、イギリスのナショナリズム、政策、および工業の浮沈の証左に他ならない。 このようなヨーロッパとアメリカにおけるデザイン・色彩規格の社会思想研究は、デザインの工業的応用とデザイン倫理の考察に資する。グローバル化した現代において、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど各国の異なるデザイン規格を、いかに使いやすくするかを考える上で、規格の成立やしくみの理論研究は肝要である。ゆえに2019年度以降も、ブリティッシュカラーカウンシルの資料調査、関連カラーチャートのデータベース作成、論文と口頭・ポスター発表による公開を継続して推進したい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、2018年度に人件費・謝金の予算を100,000円計上したが、カラーチャートのデータベースの基礎となる書籍・資料を入手できたのが2019年になってしまったため、学生アルバイト雇用を2019年4月から開始することになった。このために、2018年度に98,343円の次年度使用額が生じた。 2019年度での使用計画は、当初予定通り、人件費・謝金として学生アルバイトのカラーチャートデータベース入力の謝金として使用する。
|