研究課題/領域番号 |
18K11965
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研究機関 | 芝浦工業大学 |
研究代表者 |
日髙 杏子 芝浦工業大学, デザイン工学部, 准教授 (50801297)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 色彩論 / カラーチャート / 標準化 / ナショナリズム / ブリティッシュカラーカウンシル / 伝統色 / 多言語対応 / デザイン規格 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、デザイン学の視座から、イギリスのデザイン規格カラーチャートへ投影された社会思想を一次資料に基づいて論証するところにある。戦間期のナショナリズムが国家的色彩規格へ与えた波紋を、ブリティッシュカラーカウンシル発行カラーチャートを中心に検討してきた。2019年度は、とりわけ20世紀にアメリカとドイツが開発した色彩規格・表色系がイギリスの色彩とデザインへ与えた影響を精査した。 前年度は、20世紀前半の工業におけるイギリスの色彩規格の独自性についての文献調査を進めたが、2019年度は本成果に基づき、ベルリンとロンドンでナショナリズムの関連資料を収集した。2019年1月、ベルリンのトポグラフィー・オブ・テラー(Tophography of Terror)図書館、バウハウス資料館、ワイマールのバウハウス大学とゲーテ旧宅で、19-20世紀の色彩論資料収集、および2019年5月には、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で資料収集した。 2019年6月、日本色彩学会全国大会において、イギリス国王ジョージ6世(Albert Frederick Arthur George, 1895-1952)の戴冠式に関する色彩計画と、この式典に特化したカラーチャート「イギリス伝統色 」"British Traditional Colours"(1937)の分析を発表した。1930年代、ブリティッシュカラーカウンシルは、国家的・軍事的式典(戴冠式の一環として観艦式、園遊会、舞踏会)の色彩計画とデザインを指揮した。軍事パレード、観艦式、王侯の戴冠式や結婚式における路上や宮殿などを彩る国旗や装飾は、ナショナリズムの率直な視覚化と愛国心を煽るために用いられていた。 以上の成果から、色彩を「国家」と「民族」を表現する媒体として利用したことを、社会構築主義的アプローチと結びつける展望を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究計画通り、2019年度は「国家的・軍事的式典とナショナリズムの表象としての伝統色」という視座から、ブリティッシュカラーカウンシルが発行した伝統色カラーチャート、および戴冠式の描写や映像記録を含む文献資料を調査できた。実際の式典で使われた染織品と写真については、公式ゲストの吉田茂駐英大使の妻、吉田雪子による当時のエッセイ「ジョージ六世戴冠式と秩父宮:グローヴナー・スクエアの木の葉の囁き」(1996) から新しい知見を得た。ブリティッシュカラーカウンシルによる色彩計画やデザイン指導を事前に知る由もない吉田が、「イギリス伝統色 」(1937)と一致する戴冠式での王侯貴族の着装の忠実な記録を残していた。 これらの知見に基づく研究成果も、広い範囲での公表が可能になり、国内・国際学会で専門家を対象に発表した。特に日本色彩学会第50回全国大会[東京]’19での口頭発表を通じ、今後のイギリスの祝祭デザイン史研究にも貢献できる成果があげられた。祝祭における伝統的配色とデザインが「国家」と「民族」の意識高揚に使われた社会背景として、1933年以降ドイツで政権を獲ったヒトラー内閣の広報戦略を筆頭に、ヨーロッパ中での極端なナショナリズム台頭が指摘できる。これら極右ナショナリズムに対抗するイギリスらしさの強調が裏付けられた。 さらに20世紀デザインに影響を与えたバウハウス色彩論とイギリスの色彩規格との関係性についても調査に取り組んだ。2018-2019年度のバウハウス色彩論に関係する研究成果は、口頭発表として国際学会であるACA2019 Nagoyaで発表できた。 また、色彩資料のアーカイヴ保存に向け、ブリティッシュカラーカウンシル編「色彩標準辞典」"Dictionary of Colour Standards"(1934)の所載カラーチャートを、学生アルバイトと共に測色、データベース作成を行った。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にあたる2020年度、本研究の推進方策として、20世紀イギリスの色彩規格と工業デザインにおけるアメリカとドイツの色彩標準の影響について、国内・国外学会での論文発表と具体例の文献調査を進める。 2019年度までの研究成果を踏まえ、2020年6月、日本色彩学会第 51 回全国大会[京都]’20(オンライン開催)で、ブリティッシュカラーカウンシル制定による工場や公共機関での安全色と当時のイギリスの経済政策について研究発表する予定である。ことに「イギリス的配色」と「イギリス的デザイン」を支える色彩監督機関であるブリティッシュカラーカウンシルについて、深く学術の場で検討して意見交換し、内外の研究者たちと視点の共有を図りながら、以後の研究につなげたい。 しかし文献調査遂行を阻む障害として、2020年4月現在、新型肺炎の影響で図書館や美術館、公文書館での実地調査が不可能な状況を特記しておく。特に、海外での文献調査が至難である。対応策として、インターネットアーカイヴであるarchive.orgや大学図書館データベース利用を考えているが、将来の人文・データ調査系学術振興のため、稀覯書のデジタルアーカイヴとオンラインのオープンアクセス化が肝要である。2019年にブリティッシュカラーカウンシル編「色彩標準辞典」(1934)を測色した際、このような古い資料は退色と変色の危機に常に晒されていることも判明した。 貴重書アーカイヴとして、イェール大学は色彩学書約200冊をデータベース公開、他にMunsell Color Science Laboratory in Rochester Institute of Technologyは、1899-1918の19年に亘るマンセルの色彩日記をインターネット全文公開している。このような色彩学書、カラーチャートのデータベースは、本研究の将来の展開に欠かせない。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度に国際学会へアブストラクトを投稿する際に外注した英文校正が、予算よりも安く済んだために次年度使用額が生じた。 当該助成金は、2020年度の国際学会へ論文投稿する際の英文校正経費に使用する予定である。
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