本研究の目的は、入力された身体の視覚及び触覚情報が、自己身体に関する内部モデルと矛盾した場合に生じる「違和感」を検討することである。 今年度は、ラバーハンド錯覚の拡張版として昨年度に行った全身を用いた錯覚の生起実験について、探索的に予備実験を重ねた。VRゴーグルを用いて、カメラによって撮影された自身の後姿を前方に表示することで、自分の身体が前方に移動したかのように感じられる錯覚である。参加者の体験は身体が明確に分離して感じられるのではなく、普段と違う身体所有感をかなり曖昧に感じるという内容であった。実際には何となくおかしな感じがするといった曖昧な報告が多かった。 これらを踏まえて、最終年度のとして研究の総括を行った。当初考えていたモデルでは、違和感は標準的な身体感覚のテンプレートに対して、入力刺激が視覚と触覚を統合するテンプレートから逸脱した場合に生じる感覚であると予測していた。しかし、違和感の生起は、逸脱が明瞭な場合は違和感というよりも「異なる」感覚として感じられるが、逸脱が不明瞭な場合には、何となく違うといういう感覚が「違和感」として表現され、それが認知されると推測できた。違和感とは、入力刺激と保存されたテンプレートマッチングにおける判断の明瞭さが低い場合に生じる感覚であるとの定義が本研究の結論である。 これらの知見に加えて、応用場面への適用を探るべく、テニスや空手などのスポーツ競技における身体的違和感と心理的違和感についての調査を試みた。予備的な検討であったが、練習や試合の場面を比較することで、身体的な違和感が心理的な違和感と密接に関わっていることが示唆された。本研究は違和感についての発生機序に関する研究であったが、日常場面に展開すると、身体的な違和感の感じ方に対する敏感さなど心理面の調整作用が介在する可能性が示唆された。
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