本研究では、遺伝子の導入を行わず、低分子化合物を用いてヒト線維芽細胞から必要性の高い再生医療用細胞をダイレクトリプログラミングすることを目的とした。最終年度は、研究実施計画に則り、引き続きヒト線維芽細胞に対して、神経幹細胞、心筋細胞、肝細胞、膵beta細胞の誘導を試みた。具体的には、複数の低分子化合物とそれぞれの細胞機能に重要なサイトカインを含む分化誘導培地を用いて、それぞれの濃度と培養時間を変化させながら培養条件の検討を行なった。そして、ヒト線維芽細胞を数週間培養した後、目的の細胞に特徴的な形態変化と特異的な遺伝子の発現について詳細に解析を行った。神経幹細胞の誘導では、これまで特異的な遺伝子であるSox2やNestinといった遺伝子が発現していたが、今回これらの遺伝子がさらに活性化する条件を同定した。膵beta細胞への誘導では、無血清培地を用いて、これまで報告されている有力な化合物を組み合わせ、インスリンを分泌する条件を同定した。ただし、この細胞は、生体内の膵beta細胞と同等であるとの認定は難しく、今後、応用可能なインスリン産生細胞として特許出願を準備中である。線維芽細胞から心筋細胞と肝細胞への誘導では、それぞれ部分的に変化が進んでいることが確認された。また、当初計画していた細胞とは別に、無血清培地と低分子化合物による褐色脂肪細胞への誘導に成功した。網羅的な遺伝子発現解析により、間葉系幹細胞から分化した脂肪細胞と比較して、糖・脂質代謝に関連する多くの遺伝子が同じように活性化していた一方で、褐色脂肪細胞のマーカーであるUcp1は、線維芽細胞由来の細胞の方が高発現していた。生体内のヒト褐色脂肪細胞は単離が難しく、本研究で開発したこの低分子化合物誘導性褐色脂肪細胞ciBAは、今後ヒト細胞モデルとして基礎研究、創薬研究、個別化医療などに応用されることが期待される。
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