研究課題/領域番号 |
18K12179
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
阿部 ふく子 新潟大学, 人文社会科学系, 准教授 (30781520)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 哲学教育 / 倫理教育 / 哲学対話 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、①主にアメリカとドイツの哲学・倫理学教育研究のうち特に〈主体性〉と〈対話〉の生成に関わる論点を取り上げ、それを理論・事例・方法論の面から体系的に考察すること、そして②学校や地域との連携により、①の研究で得られた内容の実践的適用を試み、既存の制度や状況を脱構築しつつ、「主体的・対話的で深い学び」を実現しうる哲学・倫理学教育のあり方を提示することである。 本年度は研究①として、まずアメリカのP4C研究から、哲学探究のコミュニティ(Community of philosophical Inquiry)における権威と主体の関係性について考察した。また、言述や対話における思考・存在・言語の関わりについて究明したドイツの言語哲学者ヨハネス・ローマンのテクストの翻訳(次年度も継続)と解題を手掛けた。さらに、フランスの精神科医ジャン・ウリによる「コレクティフ」の概念に注目し、個々人がもつ無限のファクターや特異性を尊重することと全体/集団を形成することとが有機的に成立しうる次元を探った。 研究②としては、新潟大学教育学部附属新潟小学校や他の公立学校と連携し、哲学対話を導入した道徳授業の可能性を実践的に模索した。そこで問題となった主な論点は、発達段階に応じて哲学対話の形をどのように変えるか、「課題とまとめ」という枠組みや学習内容・教材など権威づけられた要素があるなかで、対話的思考の自由さ・柔軟さにどのような意義を与えるべきなのか、哲学と道徳の接点と根本的な違いについてなどである。他にも、対話における〈聴く〉という行為の可能性や、個と全体のダイナミズムについても検討した。また、大学では哲学対話とメタ哲学対話を繰り返し実践し、ファシリテーションのあり方を中心に反省的な考察を重ね、単なる方法には還元できない、存在に深く根差した対話的思考の可能性を見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究①について、当初の研究計画では参照すべき文献を英語圏とドイツ語圏に限定していたが、〈哲学探究のコミュニティ〉という形態やその機能について検討を進めるなかで、北欧の精神医療におけるオープンダイアローグやフランスの精神分析で生まれたコレクティフ、日本の当事者研究など、参照範囲がおのずと拡がった。このことで、特にコレクティフという概念および実践の形を本研究の重要な論点として新たに取り入れることができた点で研究計画は順調に進展したといえる。 研究②について、当初の研究計画では主に学校でのフィールドワークをおこなうこととしており、実際に学校と年間計画を立てて連携することができた。初年度は特に小学校と大学に限定しての実践研究となった。また、本事業に関連して、学校以外に自治体、NPO、民間団体など、当初の計画で想定した以上に多様な場で哲学プラクティスをおこなう機会があったため、これらの成果も本研究の進展につながった。 総じて初年度は、理論研究と実践研究をバランスよく、かつ当初の計画を進化させる形で遂行することができたが、これらの成果を公にすることが少なかったため、この点が次年度の課題なる。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画に大きな変更はないが、今後意識的に推進していくべき方向性として、哲学・倫理学教育への〈哲学的アプローチ〉が必要になると思われる。初年度に多くの関連文献を参照した上で、現時点で言えるのは、従来の哲学・倫理学教育研究が教育実践的な観点に終始しがちな傾向にあるということである。実践報告を充実させることは有意義なことではあるが、対話実践のなかで起きているひとつひとつの現象や思考や実感が、それ自体哲学的に主題化して考察するべき事柄として残されたままであるように思われる。具体的には、言葉、発話、対話、傾聴、身体、まなざし、沈黙等々である。本研究では今後、哲学・倫理学教育における主体性や対話的思考の意味をより豊かなものとして深く追究するために、哲学対話のなかで起こる上記のいわば小さな諸要素について哲学的なアプローチで考察していく方向をとりたい。 また、学校との連携について、初年度は中学・高校での実践がなかったこと、小学校についても一部の学校での実践にとどまったことから、実践研究のフィールドを可能な限り拡大することを次年度以降の課題としたい。そのための具体的な推進方策のひとつとして、本研究が中心となり、各学校の教師、市民、学生など哲学・倫理学教育に関心のある人が集い情報共有・意見交換をおこなうことのできる拠点形成が必要と考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画ではハワイ大学での研修を予定していたが、ハワイ大学の研究チームが来日し日本国内で多数ワークショップ等を開催したため、そちらに参加することで研究を進めた。そのため生じた当該助成金は、翌年度新たに計画している研究拠点形成のために、ゲストの招聘に係る費用に充てたい。
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