研究課題/領域番号 |
18K12180
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
野内 玲 信州大学, 医学部, 助教(特定雇用) (60757780)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 科学的実在論 / 半実在論 / 科学の成功 / 科学哲学 |
研究実績の概要 |
今年度はチャクラバティの半実在論で重要な前提となっている「観察・観測手法の継続的発展」という観点について検討した。当初は、分子生物学のメソソームの事例を「擬似成功」という着眼点から検討し、半実在論を批判することを計画していた。しかし、今年度4月に発表されたイベント・ホライズン・テレスコープというプロジェクトによるブラックホール・シャドウの撮影成功という事例は、新たな観察・観測手法の構築によってブラックホールという理論的対象の存在を視覚的に描きうるものであり、本課題が扱うべき好例かと思われたため、当該事例の検討にも着手した。具体的には、チャクラバティの「検出性質」と「補助性質」の区別と、シェイピアが提唱した「直接観察の定義」を踏まえて、天体画像データの再構成による視覚化の認識論的意義を考察するものである。
科学においては、理論的対象を起源とする物理的相互作用によって得られた特定の結果をもって、当該対象の観察・検出に成功したとみなす。今回のブラックホールシャドウの画像作成においても、コンピュータ上のデータ解析手続きやアルゴリズムの学習を経て最終結果が描写されている。果たしてこのようして得られた画像は、実在の像なのか、それとも人間によって構築されたものにすぎないのか。こうした点において、シェイピアの見解を踏まえ、「観察」概念の拡張を提案することを目指した。その成果の一部は、「天体観察画像の視覚化における認識論」(『現代思想』2019年8月号特集、青土社)にて発表した。また、シェイピアは科学的探求を指して「自然について学ぶための能力の増加」が重要であると考えたが、この考え方はチャクラバティの半実在論を検討する際の重要な観点になりうるものであるという成果を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
科学における最先端の事例(ブラックホール・シャドウの撮影)をもとにして、科学的実在論論争で重要な論点となる「観察」概念の再検討に着手し、一定の成果を上げることができた。この研究はブラックホールという一般的にも知られている対象に関するものであることから、大きく注目されている。関連論文や理解を深めるための出版物も多く、本課題のテーマに即し、科学史の観点から論争で問題となる議論に踏み込むことができた。
なお、今年度は当初予定していた学会発表を都合により見合わせたなど、関連する研究者らと議論を深めていくことができなかったという問題はあったが、その分は新規テーマの開拓によって、補うことができたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画通りブライアン・エリスらの真理の認識的解釈を踏まえて、半実在論という立場の再構築を行う。特に、ブラックホール・シャドウの事例は、科学における観測・分析手法の発展という科学に内在的な側面と、科学的表象とその理解という科学哲学的な側面を有機的に検討することが可能であると考えられるため、半実在論の立場の再構築において引き続きの検討を続けていく。また、今年度までの調査結果と発表済みの成果をさらに深掘りし、関連する学会への論文投稿を準備している。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の対策により、年度末に予定していた国際学会への参加および他研究機関所属の研究者との研究会の開催を見合わせた。これら旅費相当分の一部は書籍等先行文献の購入費用に充てたが、残りを次年度の研究会開催費用として繰り越すこととした。
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