最終年度は前年度に新規開拓した「ブラックホール・シャドウの撮影成功」という事例をもとに、チャクラバティの科学的半実在論への批判を検討した。その際、科学研究における新規な観察手法の構築に際した技術的側面の理解を深めることに着手した。とりわけ、ブラックホール・シャドウに直接的に関わりうると思われる、天体観察における数学的アルゴリズムや観察におけるモデル化の実態を文献等の調査によって明らかにした。この調査の結果を踏まえ、チャクラバティの半実在論において強く主張されている、補助性質と検出性質の違いの妥当性について検討した。 科学的実在論において、観察された理論的対象物がどのように実在としての身分を確立するかは重要な問題である。ブラックホール・シャドウの事例においては複数の独立したチームが同じデータを分析し、その結論の収束によって理論的予測を支持するものと見做している。これは、誤って観察が成功したと解釈してしまうことを回避するための手続きと言える(疑似成功の回避)。また、同観察においてはブラックホール・シャドウという1つのターゲットではなく、ブラックホールから噴き出すとされているジェットについての分析や、ブラックホール周辺の三日月影の理論的予言を同時に進めるなど、理論的分析の更なる発展を進めている(局所最適の回避)。これらブラックホールシャドウの理論的理解を通して、科学者はブラックホールの実在をより真なるものとして受け入れるに至ったと考えられる。 従来の科学的探求においても、他の研究者の結果を同時代もしくは後の時代の研究者が追試・再現することで、より科学的結論の説得力が増すことはある。本事例からは、それを同時に、かつ数理モデルにおいて実施するという点に認識論的な最適化がなされているという洞察を得た。
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