研究課題/領域番号 |
18K12187
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
長坂 真澄 早稲田大学, 国際学術院, 准教授 (40792403)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 形而上学的経験論 / 形相に先行する事実 / 思考以前の存在 / 超越論的過去 / 可傷性 |
研究実績の概要 |
本研究は、カントの想像力という概念に着目し、現代のフランス現象学がこの概念をいかに継承するかを吟味することにより、存在神学的な形而上学に陥ることなく無限を語る現象学の可能性を模索するものである。ここで存在神学とは、無限の実体を認識の対象と僭称する哲学のことを指す。 この目的のため、本研究はフランス現象学(リシール等)におけるカント『判断力批判』解釈の検討から着手し、さらに、カントのみならずシェリングが展開する存在神学批判が、フランスの現象学において、いかに継承されているかを探究している。本研究の三年目である2020年度の研究の主な成果としては、以下の二点が挙げられる。 第一に、シェリングがカントを批判的に継承しつつ展開する「形而上学的経験論」を、概念にも、概念的に把握されうる経験的所与にも先立つものを記述する哲学として明らかにした。すなわち、シェリングは、概念上にとどまる哲学(カント)から実在へと遡りつつも、端的な意味での経験論(ヒューム)には逆行しない。本研究は、この議論に依拠することで、フランス現象学において、形相学(フッサール)の手前に遡り、形相に先行する意味を記述しつつも、経験論的心理学に逆行しないということが、いかに可能であるのかを明らかにした。 第二に、現代のフランス哲学においては、ハイデガーに反し、存在神学は形而上学と等置されないが、両者の差異化がなぜ可能であるのかを、やはりシェリングの哲学史理解に依拠することで明らかにした。とりわけ、アリストテレスによるプラトンの「分有」概念の批判のうちに、シェリングが、カントの存在神学批判と共通する論拠を見いだしていることが明らかとなった。これにより、存在神学的ではない形で無限を語る形而上学の系譜のうちに、現代の現象学を位置づける道が開かれた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現代のフランス現象学者、哲学史家らの多く(クルティーヌ等)は、形而上学と存在神学を等置するハイデガーに反し、存在神学的でない形而上学のあり方を、アリストテレス、カント、シェリングなどに見てとる。とはいえ、本研究開始当初は、いかなる意味で、アリストテレスがカント、シェリングへと接続されるのかが、それほど明確となっていなかった。本年度の研究においては、シェリングが、アリストテレスによるプラトンの「分有」概念の批判を、カントによる存在神学批判と並列的に捉えていることが浮かび上がった。これにより、存在神学的でない形而上学の系譜をアリストテレスに遡って捉えるフランス哲学史家の解釈が明快になるとともに、フランス現象学を哲学史のうちに位置づけることが可能となった。 また、フランス現象学においては、フッサールの形相の概念がしばしば問題とされ、形相に先行する意味や事実が語られるが、このような議論がかつてのイギリス経験論への逆行と、いかなる意味で異なるのかが、明確化される必要があった。本年度の研究では、「形而上学的経験論」を、思考以前の存在を語りにもたらすものして位置づけることにより、これが端的な意味での「経験論」に逆行するものではないことを明らかにすることができた。この議論に依拠し、本研究は、フランス現象学において、形相に先立つ意味の記述が、悟性との協働に結び付かない感性の次元をなす「超受容性」、「可傷性」により可能となっていることを提示した。 以上により、本研究の三年目の研究計画を達成することができた。 なお、昨年度に引き続き、世界的な感染症(COVID-19)拡大の影響を受け、研究発表のため参加を予定していた2つの国際学会が中止または延期となった。とはいえ、これらの発表原稿を仕上げ、今後の論文発表に向けて準備することができた。また、国内のオンライン学会でも研究成果の一部を発表した。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の研究により、現代の現象学における、形相に先行する意味をめぐる議論が、プラトン(イデア)、アリストテレス(エイドス)に遡り、中世、近代へとつながる、哲学史を貫く問題であることが露わになった。これを受け、今後はさらに、以下の二つの課題に着手したい。 第一に、アリストテレス『形而上学』での「不動の動者」が目的因であり、欲望の対象であるというシェリングの解釈(『啓示の哲学』)に着目し、無限を諸事物の究極原因(源)ではなく、欲望の対象として論じる見通しができた。この議論が、無限を欲望の対象として語るフランス現象学において、いかなる意味を持っているのかを探究する必要がある。 第二に、シェリングの語る「形而上学的経験論」のフランス現象学における継承は、同じくシェリングの哲学を継承する、現象学とは異なる思想潮流である現代の新たな実在論や形而上学との対話の可能性を開く。このことにより、フランス現象学を哲学史の中に位置づけるだけでなく、現代の他の哲学の領野との関係の中で位置づけることが可能となるだろう。 最終年度となる2021年度は、以上の二点をめぐって学会発表を行うほか、成果を論文にまとめ、出版する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
世界的な感染症(COVID-19)拡大のため、昨年度に引き続き、フランスでの国際学会の中止・延期が重なり、旅費として計上していた予算が未使用となった。これらの費用は、オンライン学会での発表のために必要な機器に使用するほか、感染症が収束した後の学会参加のための旅費として使用する予定である。
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