研究課題/領域番号 |
18K12187
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
長坂 真澄 早稲田大学, 国際学術院, 准教授 (40792403)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 不動の動者 / 作用因 / 存在論証 / 存在神学 / 形而上学 |
研究実績の概要 |
本研究は、フランス語圏の現象学、及び現象学と深く関わる哲学が、いかにカントの「想像力」概念を継承し、またこの継承を通し、いかにして、独断的な形而上学へと後退するのではない仕方で、「無限」を語りへともたらすかを究明するものである。ここで独断的な形而上学として問題となるのが、存在神学、すなわち、無限(神、究極原因)を認識の対象と僭称する哲学である。 この目的のため、本研究は、カント『判断力批判』のフランス現象学による継承の探究から開始し、存在神学とは異なる形而上学の在り方を現象学のうちに探索した。その後、初年度(2018年度)以降の研究から、カントによる存在神学の批判を継承しつつ神を語る後期シェリングの形而上学的思想が、カント哲学と現象学を架橋するものとして浮かび上がってきた。また四年目(昨年度)の研究から、シェリングのアリストテレス読解を、アリストテレスの『形而上学』と突き合わせることにより、カント的な存在神学の批判の端緒がアリストテレスのうちに見てとられることが明らかとなった。今年度の研究の主な成果としては、以下の三つが挙げられる。 第一に、アリストテレスの不動の動者の存在論証と、マイモニデスによるアリストテレス批判を吟味した上で、レヴィナスのマイモニデス論を読解することにより、レヴィナスにおける、存在神学とは異なる形而上学の可能的形態が明らかになった。 第二に、デリダのハイデガー読解を、ハイデガーのアリストテレス読解及びトマス・アクィナス批判を背景に検討することにより、中世における究極原因の概念の変転が浮き彫りになった。 第三に、ハイデガーのへーゲル読解が、ハイデガーのカント読解と並行的に、ハイデガーの意味での存在‐神‐学の克服の兆候とその隠蔽を看取するものであること、また、デリダがそこに、ハイデガー独自の動的な時間性、歴史性の概念を読みとることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度(2022年度)前半の研究では、アリストテレス『形而上学』の不動の動者の存在論証を詳細に検討することにより、後期シェリングやハイデガーによるアリストテレス言及が論点とするところを明確化することができ、大きな前進があった。とはいえ、この時点では不明な点も多かった。たとえば、シェリング、ハイデガーのどちらも、アリストテレスにおける第一原因の概念が、中世においてキリスト教を背景として変貌したとしている。目的因としての不動の動者が、作用因である創造者へと転換したとされるのである。ここで浮かび上がるのが、たとえばトマス・アクィナスの形而上学は存在神学的であると言えるのかという問題である。というのも、現代の哲学史研究(ブルノワら)や、それに基づくテンゲリの現象学の哲学史記述において、トマス・アクィナスの形而上学は存在神学的ではないとされるからである。 しかし、今年度後半の研究において、ブルノワによる中世形而上学の分類(プロトロジー、カトルー・プロトロジー、カトルー・ティノロジー)を手引きとすることにより、この疑問が解消される大きな進展があった。すなわち、アリストテレスからトマス・アクィナスにいたる間に、確かに原因概念の大きな変遷が見られるものの、第一原因(神)そのものの原因が、他の諸事物の原因と同様の形で問われない以上、いわゆる存在神学(カトルー・ティノロジー)の手前にとどまっているのである。また、カトルー・プロトロジーからカトルー・ティノロジーへの転回がいかにして起こったか、あるいは必然的に起こらざるをえなかったかということについても、シジェ・ド・ブラバンの議論を経由することにより、明確になった。 以上により、本研究の五年目は、多くの成果を獲得することができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、フランス現代思想におけるカント継承から出発したが、その眼目とする問いは、いかにして、現象学において、存在神学ではない形の形而上学が可能であるかということであった。 今年度得た主に三つの成果、すなわち、1) アリストテレス、マイモニデスを背景とするレヴィナスの存在神学批判の明確化、2) ハイデガーのアリストテレス読解と中世哲学批判を吟味するデリダの問題提起への応答、3) ハイデガーのカント読解とパラレルをなすハイデガーのヘーゲル読解の、デリダによる検討の探究は、上の問いに対して答えるための大きな前進を促した。今後はこれらの研究成果をさらに論文の形で発表してゆく予定である。 また、これまでの研究からは新たな問いも生まれた。たとえば、レヴィナスにおいて、アリストテレスは存在神学の端緒とされるが、その哲学史的診断は、アリストテレスを存在神学の批判者と位置付ける現代の哲学史理解(O・ブルノワ、テンゲリ)と矛盾する。しかし、こうした矛盾も、今後の研究において、ブルノワに先行する哲学史研究(R・ブラッグ)における、存在神学をめぐる議論へと遡ることにより、整合性へともたらすことができると期待している。 今年度は、感染症拡大防止のための水際対策の影響で、2つの国際学会への現地参加を断念した。来年度は、国際学会に現地参加し、各国の研究者との生きた対話を再開したい。また、これまでやはり水際対策の影響で延期されてきた、海外から招聘される研究者との学術的交流も、来年度は実現する予定である。昨年度より、現象学を越えた広い文脈の中で、哲学の他分野の研究者と、存在神学的ではない形而上学をめぐる対話の実現を模索していたが、来年度こそ、この目標を実現したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、昨年度に引き続き、感染症拡大防止のための水際対策の影響で、2つの国際学会への現地参加を断念せざるを得なかった。これにより、一部予算を来年度に繰り越しすることとなった。来年度は、繰越となった予算を旅費等に当て、国際学会に現地参加したい。
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