研究課題
2018年度は、人新世における社会と自然の関係性を考察するための方法論を、マルクスの自然科学抜粋ノートに立ち返ることで、構築することを目指した。その際の狙いは、近年マルクス研究においても影響力を持っているブルノ・ラトゥールに代表される一元論モデルとは異なった分析手法を確立することであった。マルクスは、物質代謝という概念を用いて、社会と自然を唯物論的に統一的に捉えていたが(「存在論的一元論」)、他方では、「純粋に社会的なもの」に着目することで、両者を分離しながら分析を行っていることが判明した(「方法論的二元論」)。こうしたマルクス独自の分析方法によって、資本主義のもとでの商品や貨幣関係のみならず、技術や科学といったものまでもが社会的関係によって媒介されていることを、物神崇拝に陥ることなく示すことができるようになる。その結果、「ハイブリッド」という現象形態にとどまるのではなく、いったんより深い次元にまで遡った上で、現象形態を捉え返すというマルクスの経済学批判の方法を、環境危機の分析にも応用することができるようになった。研究の進捗は、ドイツ、インド、韓国、中国などのカンファレンスで定期的に発表し、ロンドンでは第一インターの速記録を調査することで、第一インター内部における環境問題の扱いについて、新たな知見を得ることができた。その一連の作業成果を、『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』という単著の形でまとめることができ、また『マルクス・エンゲルス全集(MEGA)』第四部第一八巻も入稿することができた。
2: おおむね順調に進展している
初年度に行う予定であったマルクスをベースとした思想的な分析をおおむね終えることができた。それによって、マルクス以外の思想家たちがどのように人新世を分析しているかを批判的に比較し、その意義を考察するための土台が構築されたと考えている。
今後はラトゥールやジェイソン・ムーアらの議論を検討することを通じて、マルクスの物資代謝論が現代の環境思想の文脈で持つ意義を明らかにしていくつもりである。その際には、当初必ずしも念頭においていなかった、ルカーチやアドルノなどの20世紀の思想家をあいだに挟むことで、現代の議論との橋渡しをよりスムーズに行う予定である。
もともと初年度はこれまで研究してきたマルクスの方法論をさらに深めるという計画であった。その際に、すでに所有している書籍を消化し、単行本にまとめる作業に追われたため、物品費の使用が少ないままとなった。来年度は新しい分野の資料を集め、積極的に情報収集をしたいと考えている。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 4件、 招待講演 5件) 図書 (2件)
『唯物論と現代』
巻: 60 ページ: 印刷中
『思想』
巻: 1137 ページ: 123-139
『ニュクス』
巻: 5 ページ: 262-274