本研究の核となる問いは、「危害(harm)」概念を理論的に洗練させることによって、危害概念を用いて、「常識的」と言える動物倫理の基礎とすることは可能か、というものである。危害概念の理論的洗練化が進むなか、動物倫理においては、その概念が素朴なまま用いられ、精緻な検討がされないまま議論のなかに登場しているように見える。本研究は、危害概念に基づいて、動物利用に対する賛成派・反対派双方が受けいれられる、動物倫理の基礎の確立を目指す。その目標のもと、動物倫理において適切な「危害」概念の解明を進めるために、3つの下位課題を進めてきた。(1)動物倫理に対する標準的「危害」理論の適用可能性の検討、(2)動物倫理において固有な「危害」理解とその背景の特定、(3)「危害」概念をベースにした「常識的」動物倫理の基礎構築である。当該年度は、もとより、令和2年度において、最終年度の研究として、これまでの研究の継続として(1)と(2)を発展させつつ、(3)にまとめ上げる計画であった。だが、新型コロナウイルス感染拡大のため、学会・研究会の実施が制限されたことなどから、本年度に研究期間を延長した。結果としては、前年度に(A)肉食とベジタリアニズムをめぐる問題の検討、(B)畜産などにおいて動物を「生み出す」ことの倫理的是非の検討をまとめたことに加えて、本年度は、残された課題として継続研究を予定していた、「誕生」をめぐって「害」の概念がどう理解されるべきなのかに関する理論的検討に注力した。本年度の成果としては、生命を生み出すことは一般的に許されないという立場「反出生主義」を批判する内容の論文としてまとめることができた。
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