2020年度に実施した研究の主な成果は、以下の3点である。ただし、新型コロナウイルスの影響により、研究の進展としては当初の想定を下回る結果にならざるをえなかった。 1)主著『人間本性とその展開に関する試論』(1777年)発表前の若きテーテンスが言語の起源をめぐる問題に関心を寄せており、その際、のちにカントの『純粋理性批判』に影響を与えることになる主著と同様に経験主義的な色彩の強い言語論を展開している点を明らかにすることができた。 2)『純粋理性批判』超越論的演繹論の書き換え問題について、書き換え後の第2版がカテゴリーを用いた判断形式を強調することになった経緯について明らかにすることができた。第1版の誤読への応答として書かれた『プロレゴメナ』の中でカントは「知覚判断」と「経験判断」の区別を導入したが、第1版の叙述はこの区別に従うと、前者が必然的に後者に移行してしまうという瑕疵があった。そのため、第2版ではカテゴリーの適用可能範囲から知覚判断を排除し、経験判断だけを残した上で、その成立に十分な説明を与えることを眼目とした叙述へと書き換えたと考えられる。 3)超越論的演繹論での鍵概念である構想力が、その後『判断力批判』における美感的認識についての理論の中でどのように応用されているかについて明らかにすることができた。理論的認識においては、悟性が概念を与えることによって認識の対象は客観の側に関連づけられていたが、美感的認識においては悟性と想像力という普遍的な認識能力が「自由な戯れ」の状態にあり、ここでは概念は適用されない。
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