本研究は中国の東普代から隋唐代にかけての仏教者たちの共有テーマであった「仏土の本質をめぐる浄穢の議論」を取り上げ、その思想展開史を描き出すことを目的としている。 本年度は三論宗の吉蔵の著作の中でもこの議論にもっとも多くの分量が割かれた『華厳遊意』を取りあげて研究を進めた。『華厳遊意』に関する先行研究は僅少であるが、①師である法朗の学説への言及が非常に多いこと(計20回以上)、②舎那仏と釈迦仏の同異に関する問題設定と解答の骨格が師である法朗の学説にもとづくこと、③その論理が蓮華蔵世界(舎那)と娑婆世界(釈迦)の同異論にも貫かれていること、④舎那・釈迦の二仏関係の論理構造が摂山三論学派伝統の定型句である「初章(因縁義)」に由来するであろうことなどが指摘されていた。ただし、『華厳遊意』の際立った特徴である多様な四句分別に関する論及はなされていなかった。 そこで『華厳遊意』全体における四句分別の整理を行い、それをふまえて吉蔵の浄穢の議論における論述構造の特徴について考察を行った。結果として、因縁義をふまえた相即的な論述構造が『華厳遊意』における大多数の四句分別の共通基盤となっていることが明らかとなり、その背景に『華厳経』の経説をふまえた三論学派の伝統説、すなわち「四句の朗」たる法朗のまなざしが多大なる影響を与えていると結論づけた。 さらに吉蔵の他著書における浄穢の議論の展開をふまえた『華厳遊意』の位置づけについて、初期の著作『法華玄論』は舎那と釈迦の四句分別に言及するが、『華厳遊意』のように因縁義をふまえた相即的な論述は見出せない。その後の著作も同様である。したがって『華厳遊意』における四句分別を駆使した論述構造は、他著書と大きく性格を異にした特有の立場である。その理由のひとつとして、師である法朗の影響力が格別な、合作ともいうべき性質の著作であったという点が考えられる。
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