【本研究の狙い】 インドからチベット仏典文化圏と漢語仏典文化圏の双方に伝わった唯一の律テキストとして学術的な注目度が高く、また日本においては、空海(774-835)がひそかに重視したことで実際の仏教界にも少なからず影響を与えている「根本説一切有部律(こんぽんせついっさいうぶりつ)」という仏教の戒律テキストの包括的な研究の実現に向けて、近代仏教学が導入される以前の、近世後期の学僧たちの同律に対する研究成果を収集し、その内容を明らかにすることがが本研究の大きな狙いである。 【本年度の実績】 その空海の遺志に基づき江戸時代の後期において「根本説一切有部律」(近代仏教学導入以前の日本では伝統的に「有部律」と呼ばれていたようである)の宣揚運動を展開した真言僧の一人である學如(1716-73)という学僧が編纂・出版した義浄訳の『Vinaya-samgraha』(漢訳タイトルは『根本薩婆多部律攝(こんぽんさつばたぶりつしょう)』)の木版本についての研究を進めた。特に、その版本の冒頭に寄せられた學如の兄弟子である密門(1707-88)という学僧による序文にインド・中国・日本における「根本説一切有部律」の伝承史が記されていること、また本研究者の参照した版本(詳細は後述)の中には、學如や密門と同時代を生きた近世後期の学僧たちが書き加えた注釈が所狭しと盛り込まれていることに注目し、その序文についての網羅的な研究(本文と書き込みの両者の翻刻と注入りの和訳)を完成させた。その際には日本国内の図書館や寺院に散在している學如が編纂・出版した『根本薩婆多部律攝』を各地に赴いて実見調査し、結果、計12本もの同本を参照することができた。 【本年度の成果】 上記の成果の一部を一回の学術大会において発表し、さらには三本の関連論文を公刊した。
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