研究課題/領域番号 |
18K12234
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
谷口 紀枝 日本大学, 芸術学部, 研究員 (70782697)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 新派映画 / 弁士 / 口承芸能 |
研究実績の概要 |
本年度は前年度に引き続き、文献、音響資料の渉猟と検証に特化し、最終年度にその成果を発表するための準備期間とした。新派映画に付随した音の歴史検証に関しては、弁士台本、映画演芸雑誌、新聞媒体などにおける弁士に関する記事の収集と、実際に弁士が発した文言を拾い集める作業を早稲田大学演劇博物館、国立映画アーカイヴ、国立国会図書館などの機関を利用して行った。また、現存する音響資料としては、未公開の新派映画を素材としたSP盤レコードをデジタル化し、検証を行っている。日本の芸能に関するその他の領域、琵琶演奏、落語、講談、浪花節については、基本的文献を網羅し、映画に付随した音との関わりに関する検証を進めている。映像の解析に関しては、これまでの研究を継続する形で文字媒体から失われた映像に関する言説を渉猟する作業を進めている。今後も、日本の口承芸能と映画に付随した音との相関性、その社会における影響に関しての考察を深めていく。 本研究において、デジタル化したSP盤レコードを検証し確認できたのは、欧米の影響もあり1930年代にかけ日本映画の視覚的要素である映像がモダンなものに進化していた一方で、付随した聴覚的要素である音声は、前近代的で純日本風の諧調を保ったものであったということである。それは日本映画における映像と付随する音声の発達が、異なったレベルで行なわれていたことを意味するのではなかろうか。輸入映画のための弁士説明、時代劇の下座音楽、新派映画の出演者による吹き込み台詞など全てに共通するのは、日本独特のリズムをもつ純日本的な調子であった。本研究においては、日本特有の音の発達がいかに映像の発達を凌駕し存在し続けたのかを確認し、日本の口承芸能における音との相関性を考察した上で、日本映画とともに全国に流通した日本的諧調の音色が日本社会においてどのような機能を担っていたのかについて明らかにしていく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
文字媒体の資料渉猟は順調に進んでおり、収集した音資料の検証も進行中である。本年度渉猟した資料に含まれる『〈大系〉日本歴史と芸能―音と映像と文字による』全14巻シリーズ(平凡社と日本ビクター株式会社の共同企画)は、日本における寺社の伝統儀式から、町や村の祭事、大道の放浪芸までを書籍による文字解説と、音声を含む映像で紹介した日本列島芸能集成といえる貴重資料であり、日本における音の変遷史を実録の映像とともに確認するのにとても有意義であった。音の検証に関しては、研究機関からSP盤レコードに収録された新派演劇の音声がネット公開されているものもあり、現在渉猟している資料とともに検証していく。 本年度はまた連動して研究を進めている、挑戦的研究(萌芽)「新派映画と「新派的なるもの」の系譜学」(2018-2020)主催の特別映画上映会が国立映画アーカイヴにおいて、6月、1月、2月の3回にわたり行われ、数十本の新派に関わる作品を鑑賞することができた。上映会後の研究会においては、他大学の研究者も合流し、新派映画に関する多様な議論が展開し、今後の研究に繋がる貴重な機会となった。10月には神戸映画資料館主催の神戸発掘映画祭と、新派映画研究会に参加し、研究発表と上映会よりなるプログラム「明治大正期の新派映画」において、早稲田大学教授・演劇博物館副館長の児玉竜一氏と、神戸学院大学の上田学氏による研究発表を聞き、『朝顔日記』(1909)など3本の新派作品を鑑賞した。上映後の討論会においては、新派映画に関する闊達な意見交換が行われ、有意義な時間を共有した。今後はこれらの検証結果を集約し、論文、学会発表など成果としてまとめていく。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、デジタル化したSP盤レコードの文字化を進め、収録された音についての検証をまとめていく。日本列島芸能集成である『〈大系〉日本歴史と芸能―音と映像と文字による』14巻に収録されている映像による音の変遷史を再度確認し、日本の口承芸能に関するその他の領域、琵琶演奏、落語、講談、浪花節との連関性についての考察もまとめ、発表する準備を進める。本研究は、挑戦的研究(萌芽)「新派映画と「新派的なるもの」の系譜学」(2018-2020)と連動し、研究会などを通じて他大学の研究者と闊達な意見交換することで有意義に進展してきた。私自身は、2月に早稲田大学で実施された新派映画研究会において「新派映画-井上正夫と小林商会の活動」と題する発表を行った。これは、演劇界から参入した井上正夫の映画的演技術の実践、弁士に頼らない発声形態、西洋的映画手法の導入などが、日本映画に新風を吹き込んだ事例を検証したもので、先輩研究者から貴重な意見をいただいた。研究会の発表には、フェミニズム論にも言及したスザンネ・シェアマン氏による「新派一考察」、西洋的メロドラマ概念を発展させ、日本に適応した手法で新派映画を分析した小川佐和子氏による「新派映画は「メロドラマ」なのか?」、1890年代から1930年代にかけ「メロドラマ」という言語が日本語文献で紹介された事例を紹介し、新派、歌舞伎との関わりを経て映画言説に組み込まれる過程を検証した河野真理江氏の「〈メロドラマ〉映画前史-メロドラマの伝来、受容、固有化」などが含まれ、他大学の映画研究者と新たな発想に繋がる自由闊達な議論の場を共有した。挑戦的研究(萌芽)は、本年度で終了するが、本研究において研究会を継続し(秋か冬に予定)、自身の論旨をまとめ上げ、書籍の出版に繋げたいとと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度は、隔年に開催される初期映画に関する世界的に最も権威のある国際学会ドミトール・パリ(6月)、新プロジェクトを通じて発掘、発見された無声映画の上映が行われる伊ボローニャ復元映画祭(6月)、世界の映画アーカイヴの協賛で独自のプログラムが組まれ、大規模な無声映画上映が行われる伊ポルデノーネ無声映画祭(9月)への参加、またストックホルム大学における映画史授業へのゲスト講演(秋から冬)、それに伴う、世界で最も初期に設立された映画保存研究機関であるスウェーデン映画アーカイブへの訪問、を考えており、この出張費のために次年度の使用が生じた。 また次年度には、自身の成果発表も兼ねて、研究発表会を主催することを計画中(秋から冬)であり、この発表会においては、新派映画研究者に加えて、浪花節研究者、映画音楽研究者、日本の影響が波及したアジア圏における新派映画研究者など、東京以外で活動する研究者にも参加を呼びかけたいと考えている。この招聘研究者の旅費、滞在費も含め次年度の使用が生じたものである。
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