本研究課題は、カロリング朝の彩飾写本に於いて、文字と画像との融合がどのようにして達成されたのかを、物語イニシアルの分析を通して明らかにするものである。 研究期間全体を通して、物語イニシアル、およびそれに類する彩飾を含む写本30点余りの作例を収集した。そのうち最終年度には、聖書・典礼用写本で、先行する包括的研究で目録化されていないものを6点取り上げ、それぞれの史料の基本情報と先行研究、図像解釈に関して纏めた研究ノートを紀要で発表した。この6点は、フランス北東部等のフランク王国の中核地域だけではなく、イタリア半島に制作地を帰される作例も含む。これにより、領域各地で制作された物語イニシアルを持つ写本を俯瞰的に見渡し、地域横断的に比較検討するという当初の目的は達成された。 従来の研究では、物語イニシアルとはその文字装飾に続くテクストの内容を視覚化した図像をもつイニシアルを指す言葉として用いられた。しかし、本研究で分析した作例の一部(トリーア、大聖堂宝物庫、Cod. Nr. 61; ヒルデスハイム、大聖堂・司教区博物館、Inv.-Nr. DS 68他)に見られるように、イニシアルに描かれた図像が後続のテクストを直接的には視覚化しないものの、象徴的図像としてテクストの内容を想起させる例が散見された。従って、従来の「物語イニシアル」の定義に当てはまらない、動物や幾何学模様、記号のみから成るイニシアルも広く見渡す必要があるという認識に至った。 2019年度末以降、COVID-19の影響により渡欧しての原資料実見調査が叶わなかった。特に、大規模研究図書館・文書館等ではなく聖堂宝物庫等が所蔵する写本については、作例1点1点の写本学的な詳細情報や挿絵の綿密な観察に欠き、未だ議論の余地を残している。本研究期間終了後、原資料調査が可能となり次第、これら未見の作例に関する個別研究を進めていきたい。
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