本研究は、交付申請書の概要に記したように、ニューカレドニア・リフ島に拠点を置くカナクの舞踊団ウェッチ(Wetr)に関する研究代表者のこれまでの考察をふまえ、その観点を「振付」へと向けて、ウェッチの地域社会で継承される身体感覚の意味を探求するものであった。ウェッチにおける上演芸術の意義が、共同体の維持・強化のためにその本義を置くとするなら、現在においてなおその振付には構造的不変項を読み取ることができ、舞踊家の身体性にもある一定の性向を掴むことが可能なはずである。この見立て(仮説)を検証するために、本研究は、ウェッチの舞踊劇の継承や創作を考察することを研究の柱として、研究計画を立てていた。しかしながら、一年目と二年目の実績概要でも報告した通り、災禍と疫禍により、現地調査を断念しなければならなかった(疫禍の回復を見込んで研究期間を一年延長したが、入島禁止は解かれなかった)。 そこで、本研究は(副題の考察を別の機会にすることとして)日本国内の関連実践事例とフランスの現代舞踊美学の考察を中心に、表題中の「共同体形成に与する身体感覚」の原理的な研究をなすよう努めた。例えば、伝統芸能と現代舞踊の文脈を往来する佐久間新の実践考察、パリ第八大学に舞踊学科を創設したミシェル・ベルナールの論考読解を経て、舞踊の「教える-習う」あるいは「見る-見られる」の関係に、身体感覚(自己受容感覚)のダイナミックなシミュレーションや、対称性から非対称性への移行があることを突き止めた。 これは、ある動きに魅せられる私たちの知覚には、すなわち舞踊を通じた共同体形成の可能性の条件には、身体感覚の潜在的な投射があることを意味する。この見地は、本研究課題を部分的に解明するものとして、評価されて良いように思われる。
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