本研究は、院政期に成立した歴史書である『扶桑略記』の基礎的な検討を行い、その歴史叙述の特徴を明らかにしようとするものである。そのために、①諸本研究、②注釈的研究、③中世の歴史書との比較研究、という3つの研究を推進した。 ①諸本研究については、主要な諸本を実見して進める予定であった。しかし、本年度も調査の予定調整が難航し、これまで入手した写真資料をもとに行うに留まった。その範囲では確実に進展することはできた。 ②注釈的研究については、南都寺院の創建記事についての分析を進めることができた。③とも関わるが、『扶桑略記』本文の検討をとおして、特定の寺院の歴史をその寺院の縁起をもとに詳細に記述していることが明らかになった。その点は『扶桑略記』の叙述の特徴ということができる。その成果については研究会で発表を行い、多くの研究者と意見交換を行うことができている。 ③他の歴史書との比較研究の成果については、『仏法伝来次第』や『三国仏法伝通縁起』など中世に成立した仏教史書との比較検討を行い、上記のとおり、『扶桑略記』は特定の寺院の創建記事が詳しいことを明らかとした。ただし、その理由についても検討を重ねているが、まだ十分な結論を得られていない。そのため、継続して今後の課題としたい。 なお、このような『扶桑略記』の研究成果をもとに、『中近世の寺社縁起と歴史叙述―始原の創出と変遷をたどる―』と題したシンポジウムにおいてコメンテーターを務めた。
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