2019年度からの新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、本研究課題の主軸としていた「鵜鷺系歌学書」と呼ばれる藤原定家仮託の諸書(『愚見抄』『愚秘抄』『三五記』『桐火桶』)伝本の原本調査を実施することが出来ない状況が続いていたが、最終年度の2023年度はその調査を部分的にではあるが再開することが出来た。しかしながら、結局当初の研究計画で予定していた原本調査を終えることが出来ず、主たる研究テーマである「鵜鷺系歌学書」に直接的に関わる研究論文は、今年度も公表することは出来なかった。研究期間の二年目にあたる2019年度に公表した論文「『愚秘抄』諸本研究の諸問題――現状と課題をめぐって――」(『国文学研究資料館紀要 文学研究篇』(46))で、「諸本研究をめぐる状況のわかりやすい整理」という一定の目的は達したものの、本研究課題に関する研究はまだ萌芽段階に留まっている。研究期間において収集したデータについては今後も追加調査を行うことで不足を補い、それを利用しての研究論文の執筆は次年度以降にも継続して行う予定である。 その一方で、副次的な研究テーマについては当初の計画以上の成果を挙げることが出来た。2023年度は、『俊頼髄脳』諸本について論じた「『俊頼髄脳』古態追究の可能性と「唯独自見抄」」(『埼玉大学紀要(教養学部)』59(2))、また「冷泉家流伊勢物語古注」について論じた「「冷泉家流伊勢物語古注」はいかなる意味で「冷泉家流」か」(佐々木孝浩・佐藤道生・高田信敬・中川博夫 編『古典文学研究の対象と方法』、花鳥社)という、中世歌学に関連する研究論文を2点を公表することが出来た。研究期間全体の成果で言えば、単著『中世「歌学知」の史的展開』(花鳥社)を上梓し、これによって本研究課題の主たる目的の一つである中世における「歌学知」展開の一端を明らかにすることが出来たという点が、最大の成果である。
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