本研究は、神原文庫所蔵の清末四川説唱本29種の俗文学資料としての価値を明らかにすることを主たる目的としている。当時多数出版された四川説唱本全体からみれば、神原文庫に所蔵される数は決して多いとは言えないが、比較的古い時代の版本や各機関に未所蔵である作品が残されている。これらの作品の内容や特徴を整理して国内外に発信すること、またこれらの四川説唱本の地域的独自性を明確にするために、文化交流がありかつ同時代的に説唱文芸活動が盛んであった周辺地域の説唱本と比較することも、本研究の大きな課題としている。 平成30年度は、四川以外にも湖南、貴州、雲南を中心に、続編が出るほど流行した説唱本「滴血珠」故事について、宣講書「滴血成珠」故事との関わりから、内陸部で口承と文字テキストで共有・享受される地域文化が築かれていたこと、物語の流布に当時の出版活動が影響していたことを明らかにした成果を、早稲田大学で9月4日に開催された「中日漢籍与文化 国際学術研討会」において、「滴血珠故事流伝考―以清末民初的唱本和宣講書為中心」という題目で発表した。 そのほか、神原文庫所蔵本29種の中で多くを占める「興順堂」という書肆から出版された6種の故事「仙鶴縁」「珍朱印」「風水亭」「望月楼」「金朱印」「杏花楼」に対する調査を開始した。これらは他機関に所蔵がない作品群である。これら6種を通して、四川における説唱本出版活動の一端を明らかにするため、まず上海図書館と復旦大学古籍所において「興順堂」から出版された他の説唱作品の所蔵を調査し、資料収集を行った。
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