令和3年度は、神原文庫所蔵清末四川説唱本の各作品の提要の作成作業を進め、35作品のうち8作品について「神原文庫所蔵清代四川唱本提要(一)」(『言語と文化』第19号、2022年1月)として成果を公開した。残りの作品の提要も今後継続して公開していく。次に、各作品の中でも様々な媒体を介して全国的に流布した『滴血珠』を中心的に取り上げ、物語がどのような形態とプロセスで人々に受容されていったのか、その流布の背景を考察した。説唱本としては四川だけでなく湖南、貴州、雲南等、内陸部を中心に出版・流通し、上海においても石印出版されたほか、地方劇で上演され、郷約における民衆教化活動である宣講の案証としても語られ、宣講書に収録されて出版・流通した当該故事は、四川省保寧府巴州の趙秉桂が異母兄に謀殺されたことに端を発し、妻と娘がその無念を晴らすため訴訟を起こす。巴州、保寧府、川北道、按察使、布政使、巡撫と、順を追って上級の裁判機関に訴えるも棄却され、最終的に河南省開封府の包公に四度にわたって(四度目は娘の身の純潔を証明するため)訴えて無念を晴らすという内容で、孝と貞、および小都市から大都市へ何度も女性が訴えに行くことが中心的なテーマとなっている。そこで、『滴血珠』の故事内容と清代の訴訟制度との関連性、当時の公案物(裁判故事)の流行、宣講の芸能化、そのほかの清末四川説唱本『冰霜鏡』『後雙上墳』『風水亭』『陰陽鏡』(神原文庫蔵本)に描かれる「訴えに行く女性たち」の場面分析と当時の実社会における女性たちの訴訟状況を通して考察し、シンポジウム「東アジア近世・近代都市空間のなかの女性」(法政大学江戸東京研究センター「江戸東京の『ユニークさ』」プロジェクト主催、2022年2月28日)において、「訴えに行く女性たち――清代唱本の一側面――」と題して報告した。当該研究成果は論文にまとめて発表する予定である。
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