研究課題/領域番号 |
18K12326
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研究機関 | 帝京大学 |
研究代表者 |
木谷 厳 帝京大学, 教育学部, 教授 (30639571)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | パーシー・ビッシュ・シェリー / トマス・ハーディ / クロース・リーディング / 天上のヴィーナス / ロマン主義 / モダニティ / ポストロマン主義 / ポール・ド・マン |
研究実績の概要 |
本年度は、ロマン派詩人P・B・シェリーの「感性の詩学」研究の一環として、その詩的特質の一つである「天上のヴィーナス」(聖愛=超感性的美の象徴)および「地上のヴィーナス」(俗愛=感性的美の象徴)という対比的イメージが、後世の詩人のあいだでどのように受容されたかを辿る調査を継続した。その成果、学術論文「『ダーバヴィル家のテス』における「近代の痛み」と(ポスト)ロマン主義――シェリー的な愛を導きの糸として」を発表した。この論文では、まず19世紀後半の詩人・小説家トマス・ハーディの後期作品内に、シェリーに由来する「天上のヴィーナス」を通じた愛のイメージが散見される点、またプラトニズム的な理想主義への憧憬とその断念・諦念の葛藤が両作家に共有されている点について論じた。続いて、小説『テス』には「天上的」(エンジェルの聖愛)もしくは「地上的」(アレクの俗愛)なヴィーナスの区分が存在し、それぞれが太陽(光と闇)のイメージとともに強調される点に着目し、その文脈において、理想化されたテスを通じた「天上のヴィーナス」への信仰をエンジェルが断念することと太陽のイメージがどう関わるかを論じた。自然に感動するシェリーを「近代の詩人」とみなすハーディの引用をもとに、『テス』に登場する「近代の痛み」の概念を、ポール・ド・マンによるロマン主義のモダニティ論――超越的(永遠的)な〈自然〉に対する自己同一化の欲望と、みずからの時間的有限性と死の認識を通じたその断念のあいだの葛藤という苦境について――と接続した。その際、作中に現れるundulationの語を手掛かりに、エンジェルが最終的に理想を捨ててありのままのテスを受け入れるようになることで、超越性・必然性の象徴ではない、無常と偶然のなかを進む〈時〉の寓意としての太陽のイメージが露わになると論じた。それとともに、生の継承という観点からテスの死を新たに解釈した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、19世紀後半のイギリス文学のなかでも、とりわけトマス・ハーディの小説世界における天上のヴィーナス表象の受容について調査を進め、最終的に論文1編を執筆した(「研究実績の概要」を参照)。新型コロナウィルスの影響により、当初学会への招聘を予定していた海外研究者による特別講義が1年間延期になるなど、不測の事態も起きたが、本研究課題の遂行において重要な位置を占める論文を発表できたという点を考慮し、研究の進捗状況はおおむね順調に進んでいると自己評価する。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度の研究成果としては、シェリーの天上のヴィーナスの表象とハーディを結ぶことができた。2021年度は、昨年度より継続して、19世紀後半に誕生した、理想と懐疑(諦念・断念)の詩人としてのシェリーという言説形成の素描およびド・マンによるロマン主義のモダニティをめぐる議論の援用、といった本研究の理論的基盤をさらに固めつつ、シェリーの「感性の詩学」における「天上のヴィーナス」の表象が、19世紀後半のイギリス詩にいかなる影響を与えたかについて、ハーディ以前の詩人に光を当てながら研究を進めたい。 また、これに関連して、申請者が将来の課題としている、ヴィクトリア朝後期からジョージ王朝時代にかけて起こった、便宜上「新ロマン主義」(Neo Romanticism)と呼びうる文芸運動(モリス、イェイツ、ハーディ、ハウスマン、E・トマスなど)と「原ロマン主義」(こちらも便宜上の呼称である)とのあいだに存在する、詩的特徴の類似性および差異を考察するための足掛かりを得たい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの影響により、学会参加や研究調査等の出張計画が中止されたため。
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