本研究課題の研究期間最終年度にあたる令和2年度においては、これまで遂行してきたディケンズと眠りに関する研究を論文および研究図書にまとめ上げて公表することに注力した。まずディケンズ中期の作品『マーティン・チャズルウィット』に見られる殺人者ジョーナスと、その被害者モンタギュー・ティッグとの密やかな関係を示すものとして、眠りや夢がいかに機能しているかを明らかにし、Dickens and the Anatomy of Evil: Sesquicentennial Essaysと題した共著書を出版した。本書はディケンズ没後200年に合わせて出版された英語論文集であり、国内外で広く読まれている。 次いで、ディケンズ後期の作品『大いなる遺産』において、ディケンズがいかに2種類の夢を用いて、主人公のピップが紳士になって愛する人と結婚するという見果てぬ夢から醒めていることを示唆しているか、という点を明らかにし、『福岡大学人文論叢』に投稿した。 ディケンズと眠りという問題は、近年注目を集めているテーマの1つではあるが、これまで注目されてきたのは、『ピクウィック・ペーパーズ』や『バーナビー・ラッジ』など、前期の作品が中心だった。本研究課題を遂行した3年間では、令和元年度に実施した中後期の大作『荒涼館』の研究や、令和2年度におこなったディケンズ中期の『マーティン・チャズルウィット』、後期の『大いなる遺産』などの研究を通して、これまで眠りや夢という観点からあまり注目されることのなかった作品においても、ディケンズが眠りや夢を巧みに用いていることが明らかとなった。本研究課題により、ディケンズの眠りへの関心が彼の作家人生全体に広くまたがるものであり、彼の作品とその芸術性を理解する上で、欠かせぬ要素である事が確認できたと言える。
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