研究課題/領域番号 |
18K12338
|
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
中村 寿 北海道大学, 文学研究院, 専門研究員 (40733308)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | ドイツ文学 / マックス・ブロート / ユダヤ研究 / ナショナリズム / 『自衛-独立ユダヤ週刊新聞』 |
研究実績の概要 |
第一次世界大戦期、プラハを拠点としてドイツ語で発表した作家は、<プラハのドイツ語文学>作家とよばれる。このカテゴリーには、カフカ、マックス・ブロートほかが含まれる。彼らは例外なく、ユダヤの出自を引いている。『自衛―独立ユダヤ週刊新聞』(1907~1938)は、プラハで発行されていたドイツ語によるユダヤ人新聞である。この新聞の目的はユダヤ人によるナショナリズム・シオニズムの啓蒙普及であった。とりわけ文化的ナショナリズムの宣伝機関として『自衛』はドイツ系ユダヤ人に対して、ドイツ文学・チェコ文学・イディッシュ文学に比肩しうる、ドイツ系ユダヤ人による<国民文学>の創造を喚起した。この要請はその媒体『自衛』を通じて、<プラハのドイツ語文学>作家にも到達した。彼らは自作を『自衛』に発表しただけでなく、その書評欄を通じて、批評し合っていた。今年度は、『自衛』に評論が掲載されたブロートの『ユダヤの女たち』(1911)の読解に取り組んだ。 『自衛』は当該作品を批判するにあたり、「ユダヤ人小説」としては不十分であるという理由を挙げていた。ブロートはこの指摘を受けたのち、シオニズムに傾倒していく。当該作品では、舞台が北ボヘミアの温泉保養地テプリッツに置かれている。話題の中心を占めるのは、青年フーゴ・ローゼンタールと彼よりおよそ十歳年上の女性イレーネ・ポッパーとのロマンスであった。 当該作品の読解から、小説の背景にドイツ人とチェコ人による民族対立があるということを指摘できた。民族対立のなか、ユダヤ人は自身の同一性を再検討することが期待されていた。それにもかかわらず、主人公はこの問題に対して関心を示そうとはしない。『自衛』は主人公のユダヤ人としての主体性のなさを問題視したのではないかと考えられる。この考察結果は、口頭発表一件と論文一件を通じて発表された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
18年度はハルマッツの『ドイツ系オーストリアの政治』(1907)のうち後半部分、19年度はブロートの『ユダヤの女たち』(1911)の読解を進めた。両作とも、ドイツ人とチェコ人によるボヘミアの民族対立とユダヤ人について触れていた。前者では、民族対立の調停案として、民族連邦の構想が展望されていた。後者では、民族対立を背景に、ドイツ・チェコのナショナリズムに加担するユダヤ人、それに無関心なユダヤ人など、さまざまなユダヤ人のありかたが記述されていた。これまでのドイツ文学史では、中・東欧におけるドイツ語作家の存在は、あまり注目されてこなかった。本研究は、その一端に光をあてることになった。20年度は新聞の調査を進めながら、ブロートの初期作品研究を続ける。
|
今後の研究の推進方策 |
『自衛』に掲載されたブロートの『ユダヤの女たち』に対する書評を通じて、ブロートの初期作品研究の必要性を感じた。ブロートはカフカの遺稿編集者・紹介者として知られるが、彼自身による散文作品に対する言及はほとんどない。『ユダヤの女たち』の読解を通じて、ブロートの創作の背景には、ボヘミアの民族対立とユダヤ民族の問題があるということが明らかとなった。20年度は、『ユダヤの女たち』および『アーノルト・ベーア』の読解を進めていく。ブロートは『ユダヤの女たち』をきっかけに『自衛』から受けた批判に対する応答として、『アーノルト・ベーア』を執筆した。20年度は、『アーノルト・ベーア』の読解に取り組み、『ユダヤの女』から『アーノルト・ベーア』にいたるまでのブロートの精神遍歴を明らかにする。
|
次年度使用額が生じた理由 |
(理由)2019年度は海外文献調査を予定していたが、多忙のため、実施できなかった。20年度の海外調査は困難であることが想定される。そのため、調査費用をドイツ語による歴史的ユダヤ人新聞のマイクロフィルム購入にあてる予定である。(使用計画)マイクロフィルム、フィルムリーダー、スキャナー、保存用PCの購入を計画している。
|