本来は『自衛-独立ユダヤ週刊新聞』(マイクロフィルム資料)の読解を継続しようと考えていた。しかし、2020年度は、研究機関を移動したこと・防疫措置のため、海外文献および機材の調達に時間を要したことから、読解の対象を以前より収集済みであった文献へと変更した。本年度はプラハ出身のドイツ語作家マックス・ブロート(1884~1968)による小説の読解・邦訳出版の準備作業にあてた。 ブロートはフランツ・カフカの遺稿編集人・解釈者として知られる。彼自身小説家・ユダヤ民族政党所属の政治家・音楽評論家・チェコ語からドイツ語への翻訳者として活動した。本年度は『ユダヤ人の女たち』(1911)を中心に、小説の読解・翻訳を進めた。 『自衛』はユダヤ民族主義の広報機関紙であった。ナショナリズムは文学作品をその宣伝手段として利用しようとした。『ユダヤ人の女たち』は、ユダヤ民族主義の期待には応えていない。本年度は『自衛』に発表されたこの小説に対する書評・批判をもとに、この小説の存在意義と限界とを検討した。 『ユダヤ人の女たち』は、ユダヤ人の恋愛と結婚を記述していた。ブロートの関心は個人的な嗜好に集中していて、反ユダヤ主義・ユダヤ民族機関をめぐる議論には立ち入っていない。シオニズムはこの小説をユダヤ人の小説としては十分でないと認識していた。この評価の背後には、一次大戦以前のブロートの態度があった。このときのブロートは<私的>な領域に没頭し、<公的>な議論に関与しようとしなかった。研究実績としては、結論は引き出せたものの、論文としてまとめるまでにはいたらなかった。本年度は出版社から『ユダヤの女たち』の翻訳企画承認をえるにとどまってしまった。そのほか、秋田魁新報に特集記事・書評をそれぞれ一本発表した。
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