研究課題/領域番号 |
18K12339
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
前之園 望 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 助教 (20784375)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | アンドレ・ブルトン / シュルレアリスム / ポエム=オブジェ / フランス20世紀詩 / プロジェクションマッピング |
研究実績の概要 |
本研究はアンドレ=ブルトンによるポエム=オブジェ作品に固有の詩学とその射程を明らかにすることを目的とする。ポエム=オブジェの制作を通じてブルトンが深化させた特殊な詩的描写には、ある対象を慣習的認識から切り離し、視覚的諸要素を抽象化してその対象に固有の輪郭線を浮かび上がらせ、任意のイメージが投影できる流動的な支持体へと変えるという特性がある。ブルトンの表現を借りれば、詩的言語を通過させることで対象を一連の「潜在状態」へと戻すのである。この世界観は、奇妙に「禅」における世界観に呼応するものである。従って本年度は、ポエム=オブジェの詩学と禅における世界観の比較を行うべく禅の研究に関する基本文献を購入し、基礎研究を行った。ポエム=オブジェの詩学も禅の世界観も共通して、通常の社会生活が営まれる世界を慣習によって制度化された硬直した世界とみなし、そこから解放されることを目指す。しかし、禅においては制度化された世界観から解放された直接的対象認識を恒常化させることが目指されるが、ポエム=オブジェの詩学においては、認識対象を制度的現実から切り離し、むき出しの現実である「潜在状態」へと戻したのちに、そこへ任意のイメージを投影し、言わば新たな制度化を引き起こすことが目指される。ただし、その故意の制度化を不動のものとして現実を硬直させるのではなく、逆に無数の制度化の可能性を導入することで、現実の流動性を担保するのである。制度化された世界からの逸脱は、瞬間的には達成できても、持続することは本質的に困難である。なぜなら、ある状態が持続するとき、多かれ少なかれその状態の制度化は避けられないからである。禅はそれでも敢えてその困難に立ち向かい、ポエム=オブジェは無数の制度化の可能性を導入することで個別の制度化の必然性自体を希薄にするのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ポエム=オブジェの詩学を禅の世界観と比較することで、前年度の研究成果をさらに発展させ、より詳細な言語化につなげることができた。ブルトンと禅との関係に関する研究は本研究の主軸ではないが、今後様々なアプローチが考えられるテーマであり、その基礎研究ができたことことの成果は大きい。
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今後の研究の推進方策 |
ポエム=オブジェをブルトンの詩法の変遷の中に位置づけ、ブルトンの詩学を総合的に解き明かすために、引き続き個別の詩作品の分析等の基礎作業を通して、特に1930年代から40年代にかけてのブルトンの詩法の変遷を俯瞰的に再検討する。ポエム=オブジェのデータ整理を行ったところ、1934年12月から1942年3月までのポエム=オブジェ作品と1950年代以降のポエム=オブジェ作品とでは、その特性に断絶が生じることが明らかになった。ポエム=オブジェの特性として、作品空間内に文字領域と物質領域が混在することがあげられる。当初は独立して並列していた文字領域と物質領域は、時間の経過とともに次第に混ざり合い、相互浸透を起こす傾向がある。しかし、こうした相互影響関係は50年代以降のポエム=オブジェ作品において希薄になる。50年代以降は文字領域が極端に縮小されるのである。当初の定義からも外れているように思われる作品をブルトン自身がポエム=オブジェと呼んでいることにどのような合理的な説明が可能かを検討する必要があるだろう。
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