本年度の研究実績としては、昨年度に執筆・投稿していた、1935年の連作ポエム=オブジェに関する論文が出版された(「アイスランドスパーの詩学 : アンドレ・ブルトンの連作ポエム=オブジェ」『人文研紀要』第99号、中央大学人文科学研究所、2021年9月、365-398ページ)。また、これまでブルトンによるポエム=オブジェとみなされてきた「凍てつく大洋」(1936)の写真について詳細な分析を行い、撮影されている作品の支持体となったタバコの箱のメーカーを特定した。この発見をもとに、社会文化史的視座から作品の読み方の変更を迫る論文をフランス語で執筆し、紀要に投稿した。 本研究はポエム=オブジェをブルトンの詩法の変遷の中に位置づけ、ブルトンの詩学を総合的に解き明かすことを目指すものであり、最終年度は特に1950年代以降のポエム=オブジェ作品をどうとらえるべきか再検討した。1940年代までのポエム=オブジェにおいては、当初独立・並列していた文字領域と物質領域が、時間の経過とともに細分化され、次第に混ざり合い、相互浸透を起こすという傾向があった。しかし、50年代以降のポエム=オブジェにおいては、文字領域が極端に縮小され、こうした相互影響関係は希薄になる。そこで、本研究では、50年代にブルトンにおいて「クラチュロス的転換」とでも呼ぶべき詩学の変化があったという仮説をたて、検証を行った。二つの現実(言葉)を衝突させる詩法から、ある現実(言葉)の中には、二つ(以上)の現実がすでに含まれており、それを抽出するという詩法への転換である。この詩学は、50年代に実践される詩的集団遊戯「互いにの中に」の本質でもあり、両者は車の両輪のような関係にあったのである。
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