最終年度は第一次世界大戦とその後の戦間期における群集の理論を考察するにあたり、歴史家ジョージ・L・モッセの『英霊』を体系的に参照しながら、英霊祭祀の問題を群集の言説とともに検討した。モッセは「大量死の経験」とその政治的帰結が戦間期ヨーロッパの政治を決定づけたと述べ、とりわけ第一次世界大戦がもたらした史上初の「大量死との遭遇」の影響について論じている。「大量死」はモッセの原文では「mass death」、ドイツ語訳では「Massentod」であり、ここでもMasseという言葉が見られる。「大量死」とは「大量の死者たち」、すなわち視点を変えれば「死者たちの群集」がここで問題になっているとも言えるだろう。「死者たちの群集」とは、まさに1920年代のドイツ、オーストリアで群集という現象に関心を抱いたカネッティの言葉である。 これまで戦間期ドイツにおける英霊祭祀の問題が群集の言説と直接関連付けられて論じられることはあまりなかったと言える。この問題を本格的に分析するための準備として、研究分担者として参加している科研課題(基盤研究C21K00439「世紀転換期から第2次世界大戦後までのドイツ語圏における群集思考の歴史的展開」)の研究会にて、「戦間期ドイツにおける「死者たちの群集」表象――第一次世界大戦と英霊祭祀」というタイトルで発表を行い、カネッティ、フロイト、ユンガーの群集をめぐる理論と言説について考察した。フロイトについては『集団心理学と自我分析』における軍隊の分析、ユンガーについては20年代の政治的評論における「戦友意識」の問題を取り上げたが、さらに両者の複数のテクストを詳細に比較検討することが今後の課題となった。 研究期間全体を通じてコロナ禍のために予定していた海外での資料調査はできなかったが、当初の目標は論文あるいは口頭発表の形でほぼ全て達成することができた。
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