プロジェクトの最終年度としての本年度の成果としてもっとも大きいものは、オーストリアの作家クレメンス・J・ゼッツを迎え、ゲーテ・インスティトゥート東京、国際文化交流事業財団と共同でオンライン国際ワークショップ「クレメンス・J・ゼッツ―ポストヒューマニズムの文学」を開催したことである。6名の研究者によるゼッツ作品の解明に加えて、作家本人にもポストヒューマニズムに関する講演を依頼し、視聴者からの質問にも長く答えてもらった。各作品が文学や哲学に深く根ざしながらもテクノロジーにも親和性があることの背景に、ポストヒューマニズム思想があるのではないかという仮定から始まったワークショップだったが、作家は本テーマについて深く研究しているだけでなく、非常に身近な現実の問題としてとらえていることが改めて示された。 クレメンス・J・ゼッツ初の邦訳書『インディゴ』が本研究者の訳で刊行されたこともあり、本作で特徴的な本文以外の部分、パラテクストにおける実験についても学会で発表した。パラテクストはゼッツの作品では書籍の販売に必要な書誌情報表示の役割だけでなく、ひとつの実験として作品の枠組みを規定しなおすために効果的に使われ、本の外側である現実と本の中にある虚構の世界の境界線を意識的に操作していることが、年代を通じて各作品で確認することができた。 この現実と虚構の境界についてはさらにゼッツの講演「ケーフェイと文学」によってポストモダン文学とのかかわりの中から記録されうることも学会発表した。虚構の齟齬が暴露される瞬間を示すプロレス用語「ケーフェイ」を、作家は演劇における「第四の壁」と比較することで、ゼッツは現実においていたるところで見つかる虚構とその破綻を指摘し、マーケティングや政治の世界における文学の重要性を説いている。 これらの口頭発表の内容については学会誌にて論文として順次発表する予定である。
|