研究課題/領域番号 |
18K12345
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
西野 絢子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 准教授 (60645828)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | フランス文学 / 日仏文化交流 / 日本伝統演劇 / クローデル / 能楽 / 演劇 |
研究実績の概要 |
まずは前年度に引き続き、能楽のフランス公演のために翻訳していたテキストと字幕用の解説文をもとに、共同執筆の論文(フランス語)を学内紀要に発表した。前回は『葵上』について、主に海外公演における字幕の問題と国際交流の可能性についての考察に重点をおいたが、今回は『砧』を取り上げ、「閨怨の響き」をテーマに、より文学的な考察を行い、古今東西の人間の普遍的な心情のドラマに迫る分析を試みた。具体的には、見捨てられた妻の愛の悲しみ、忘却への怨み、という人間の深い感情がいかに世阿弥によって能劇化されたかについて、先行研究を参照しつつ、翻訳する過程で遭遇した問題(怨みの概念、心という言葉、成仏の問題など)を含めて分析した。その結果、この戯曲が通常の夢幻能の形式におさまらない特殊な構造を持つ原因が、救いようのない怨みという作品の内的テーマと深く関わっていることが明らかになった。また、クローデル、バローによる『砧』の受容についての考察を加え、今後の能を通じた日仏交流の道筋を示すことに努めた。 次に、『大正期の日本人によるポール・クローデル受容、小牧近江がみたクローデル(1)』を学内紀要に日本語論文として発表した。これはパリにおけるクローデル生誕150周年記念シンポジウムにおける発表に日本語で改変を加えたものであるが、それは日本においてこそこの問題を紹介し発信すべきと考えたからである。フランス語論文では仏訳せざるを得なかった小牧近江の記事を原文で紹介し、日本語の表現における分析に踏み込むことができた。大正期の日本におけるクローデル像についても、日本語での分析資料を提示したので、国内研究者との対話の可能性に期待したい。上記のパリでの発表、およびシカゴでのシンポジウム発表報告は、フランスで出版された論文集に収められ、フランス語圏の研究者との意見交換に活用できている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
前代未聞のコロナの影響で、育児をしながら研究時間を確保することは勿論、大学の講義の準備をすることすら難しい状況であった。しかしコロナ禍ならではのオンラインによる演劇鑑賞や講演を聴く機会も僅かながらあったので、研究の参考にできたことは有意義であった。しかしながらこの状況での研究時間の確保は難しく、未だにまとめて発表する段階には至っていない。
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今後の研究の推進方策 |
まずは「大正期の日本におけるクローデル受容」の問題を以下のように展開していく。 1日本のプロレタリア文学の父である小牧近江によるクローデル受容について、『藝文研究』に発表した論文の続編として、雑誌『種蒔く人』に掲載された記事を分析し、また関東大震災における亀戸事件に対する小牧とクローデルの反応を比較分析する。2日本の劇作家、岸田國士によるクローデル受容。岸田はクローデル作品の翻訳はしなかったが、先駆劇壇として注目していた。クローデルについて語られたある文章が、岸田自身の劇作品のいくつかと関連している点があるので、それを手がかりに、岸田の全集を参照しつつ岸田によるクローデル解釈とその影響について分析する。3日本における「カトリック作家」としてのクローデルの受容。少し大きな問題になるが、カトリック作家という概念自体が最近出版されたフランスの書物で議論されていたので、フランスにおけるカトリック作家としてのクローデルについての論考を参照しながら、日本におけるカトリック作家としてのクローデルについて分析していく。その際、加賀豊彦、木村太郎、遠藤周作の著作についても手がかりに考察する。 次に、クローデル演劇の研究について。2021年夏、フランスで初の『繻子の靴』オペラ化が実現されるため(おそらく電子的に配信される可能性がある)、フランスおよび日本を含めた世界における『繻子の靴』受容の歴史に位置づけながら、これを考察対象とする。 最後に能の国際交流に関連して。コロナにより、能の電子的な配信が行われるようになったことに伴い、字幕の翻訳作業も進み、国際交流の可能性も広がっているといえる。解説文や劇評等をてがかりに、この新しい現象について、能の本質とは何かという点を見失わないように問い続けながら考察していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍で当初予定していたフランスでの調査は勿論、国内での調査も十分に行えない状況にあるため、旅費やインタビューによる謝礼が発生せず、次年度使用額が生じた。次年度は、主に書籍(大正期の文壇に関する資料、具体的には岸田國士、吉江高松、永井荷風、加賀豊彦等の全集や研究書、日仏交流、19・20世紀のフランス演劇、フランス文化・文学・文学史、能楽関係、等)を購入し、また舞台芸術の電子配信視聴料、そして可能であれば能楽師へのインタビュー謝礼、場合によっては国内調査の旅費に使用する予定である。フランス語論文を執筆する際は校閲の謝礼にも使用する。
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