研究課題/領域番号 |
18K12346
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
西尾 宇広 慶應義塾大学, 商学部(日吉), 准教授 (70781962)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | ドイツ文学 / 公共圏 / ジャーナリズム / 文化史 / マスメディア / ハインリヒ・フォン・クライスト / カール・グツコー / 社会ダーウィニズム |
研究実績の概要 |
研究実施計画に従って、本研究課題の対象となる各時代(①1800年前後、②19世紀前半、③19世紀後半)についての研究調査を進めた。 ①については、プロイセン人作家H・v・クライストと「政治的なるもの」を主題とする論文集(共著・編訳)の共同編纂に加わり、この作家と同時代の政治公共圏との関わりを精査した。具体的には、市民社会の前提となる旧体制下の君主制と市民的価値観との対決の諸局面をクライストの複数のテクストに即して明らかにしたほか、近年の重要な学術論文の翻訳をおこなった。この主題のもとでクライストを多角的に論じる試みは日本において類例がなく、同書の刊行には学術的に見てきわめて大きな意義が認められる。 ②については、H・ハイネとK・グツコーという二人の作家を中心に、当時の公共圏の文化史的諸前提について考察した。具体的には、1800年頃に生じた時間意識の変容(「迅速化」の傾向)と19世紀の作家たちの「世代」意識の覚醒という二つの問題圏を架橋し、その成果を共著書の一部として発表した。 ③については、(1)同時代に流行した「家庭雑誌」というジャンルに着目し、その先駆けであるグツコーの『家の竈の団欒』誌を例に、公共圏と「家族」という文化的・社会的制度との関係の分析を進めた。また、当初の計画からの発展として(2)同時代に社会の広範な領域で巨大な影響力を誇った「社会ダーウィニズム」の言説について、ドイツ語圏におけるその最初期の紹介者である自然科学者L・ビューヒナーを例に、ASLE-Japan/文学・環境学会の全国大会で口頭発表をおこない、公共圏における科学的言説の意義について検討した。 そのほか、日本独文学会の機関誌特集「文芸公共圏」の責任編集を担い、特集テーマ導入の序論を執筆した。同論考の重要性は、公共圏論の文脈でも軽視されがちな「文芸公共圏」という主題の現在的射程を明確に打ち出した点にある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究調査はおおむね計画通りに進められたが、当初の研究計画に照らして若干の変更もあった。おもな変更点は次の4点である。 (i)19世紀後半の公共圏の検討に際しては、当時の市民層の声を代弁する主要な雑誌『国境の使者』とその編集主幹を務めたG・フライターク、および、同時代の芸術潮流である「リアリズム」の言説をおもな考察対象として想定していたが、研究調査を進める過程で「家庭雑誌」と「社会ダーウィニズム」という二つの事象が重要なトピックとして浮上し、研究の重心をそちらの分析に移すこととなった。 (ii)当初は年度末にドイツでの文献調査を予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う渡航制限のため、この計画の見直しを余儀なくされた。 (iii)本研究課題の主要な考察対象であるクライストについては、「政治的なるもの」という巨視的な展望での研究を優先した結果、1800年前後の重要なジャーナルである『ベルリン夕刊新聞』の分析で新しい成果を得るには至らなかった。ただし、前者の研究によってクライストと公共圏の関係を包括的に論じるための基盤的知見が得られたことは、今後の研究の進展に鑑みて貴重な成果であったといえる。 (iv)前年度に着手した「暦」の研究(都市のジャーナリズムと農村のジャーナリズムの時間意識の相違、および、そうした複数の時間意識と同時代の文芸公共圏との関係に関する研究)は、論文としてはすでに執筆が完了しているが、出版の都合で年度内の刊行に間に合わせることはできなかった。 以上のようにいくつかの計画変更が生じたものの、本研究課題の考察対象であるすべての時代について着実に研究の成果は上がっており、総合的に判断して研究は順調に進展していると評価できる。
|
今後の研究の推進方策 |
研究最終年度となる本年度は、前年度までの学会発表および研究調査の成果を学術論文にまとめるとともに、18世紀末から19世紀にかけてのドイツ語圏ジャーナリズムの歴史的展開を総括する作業を進める。具体的には、「家庭雑誌」についての研究成果を日本独文学会秋季研究発表会で発表するとともに、「暦」についての研究成果と「社会ダーウィニズム」についての研究成果をそれぞれ共著書の一部として発表する。さらに、前年度には十分な進展を見なかったクライストの『ベルリン夕刊新聞』についての研究を前進させ、これまでの研究成果とあわせて早期に研究書として刊行するための準備を整える。
|
次年度使用額が生じた理由 |
費目別の予算執行はほぼ当初の予定通りにおこなわれた。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う渡航制限の結果、文献調査のための海外出張(ドイツ)を見合わせることになったため、相当する金額の次年度繰越金が生じたが、基本的にはそのまま次年度の海外旅費として計上する予定である。
|